ピノック&紀尾井室内管のドイツ・レクイエム よい演奏だが感動しなかった
2026年9月12日、東京オペラシティコンサートホールで紀尾井ホール室内管弦楽団 第147回定期演奏会を聴いた。指揮はトレヴァー・ピノック。曲目はバッハのモテット「来たれ、イエスよ、来たれ」とブラームスの「ドイツ・レクイエム」。
このところの紀尾井ホール室内管弦楽団の演奏は実に充実している。とりわけ、ピノックの演奏は毎回、きわめてレベルの高い演奏を聴かせてくれる。
今回も見事な演奏だと思った。ピノックらしく、速めのテンポでシャープで切れの良い演奏。ブラームスについては、いつもよりはじっくりと演奏していたようだが、それでも重くなることなくクリア。紀尾井ホール室内管弦楽団も健闘、東京オペラシンガーズも大健闘。そして、大西宇宙と松井亜希の二人のソリストも見事。とりわけバリトンの大西は圧倒的な美声と存在感を示す。
ただ、ピノックの指揮する演奏に本当に感動したかと言われると、ちょっとためらってしまう。魂の奥深くのところで私を揺り動かすものがほんの少し欠ける。そのためだろう、ちょっと退屈に感じてしまう。私は素人なので、なぜそうなのはうまく説明できないが、どうしてもそう感じてしまう。
たとえば第2曲「人はみな草のごとく」。私はこのゆっくりとした行進曲風の音楽、そしてティンパニの悲劇的な畳みかける音にしばしば魂をつかまれる。私の大好きな部分だ。いつも深く揺り動かされる。愛する人の死を思い、自分の死を思う。人生の不条理に絶望と悲しみを抱く。私はもちろんキリスト教徒ではなく、それどころかいかなる信仰心も持たないのだが、この音楽を聴いているときには心の奥底に信仰心のようなものが広がっていく。ところが、ピノックの演奏は、とても良いのだが、そのような深い感動を覚えない。
手際よく進んでいく。構築的であり、知的であり、メリハリがあり、てきぱきしている。だが、ドシンと来ない。大西の声も松井の声も素晴らしいのだが、独唱とともに私の心が音楽を奏でたくなることはなかった。
ピノックの演奏は、少なくとも「ドイツ・レクイエム」に関しては、私は少し期待外れだと思ったのだった。
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