ハチャトゥリアン、ヴァルチュハ&読響 興奮した!
2026年9月15日、サントリーホールで読売日本交響楽団定期演奏会を聴いた。指揮はユライ・ヴァルチュハ。曲目は前半にセルゲイ・ハチャトゥリアンを独奏者に迎えてのシベリウスのヴァイオリン協奏曲、後半にショスタコーヴィチの交響曲第10番。
シベリウスの協奏曲の冒頭の音にまず驚いた。なんという精妙にしてしなやかな音であることか! そして、ハチャトゥリアンのヴァイオリンの音の何と美しいことか! 弱音の美とでも言うか。研ぎ澄まされ、澄み切った、心の奥底を震わせるような音! しかも、フォルテの躍動も素晴らしい。ヴァルチュハもそれに合わせて、ハチャトゥリアンの世界を作り上げる。・・・ただ、もしかすると私がとらえきれなかっただけかもしれないが、第2楽章で、ちょっと独奏者と指揮者の間でちぐはぐなところがあったような気がした。
とはいえ、全体的には本当に素晴らしかった。読響もソリストに負けずに美しい音を出した。第3楽章で私は感動のあまりしばらく震えた! 興奮した。
ソリストのアンコールはナレカツィ作曲の「アルメニア聖歌」だとのこと。しみじみとした民俗音楽風の楽曲だった。素晴らしい美音! 曲のタイトルを知らないまま聴いたが、私はアルメニアを訪れたことがある山中の教会を思い出していた。
ショスタコーヴィチも素晴らしかった。まさにヴァルチュハの本領発揮といったところだろう。ショスタコーヴィチ特有の音が出ている! 鬱積し、内にこもり、怒りや絶望をかみしめ、それを爆発させて昇華させていく。
第2楽章の疾風怒濤のスケルツォがとりわけ凄まじかった。まさに狂舞! 読響もまったく乱れず、この複雑な音楽をみごとに躍動させる。第3楽章の鬱積した部分と明るさを取り戻す部分の違いにも息を飲んだ。最終楽章の高揚な言葉をなくす凄さ!
この第10番は、はっきり言ってわけのわからない曲だと思う。ショスタコーヴィチは何を語ろうとしているのか。繰り返し出てくる特徴的な音型はいったい何を意味しているのか。意味ありげだが、さっぱりわからない。ヴァルチュハは何らかのはっきりした解釈に基づいて演奏しているのだろうか。それもわからない。
だが、謎めいた音楽を聴き続けるうちに、ショスタコーヴィチのヒステリックでありながらも高貴で深い世界に入り込み、高揚していくうちに何はともあれ感動させられる。わけがわからんと思いながら、聴き終わると何だか納得し、感動し、興奮している。
独奏のハチャトゥリアン、指揮のヴァルチュハ、そして読響(弦も木管も金管も素晴らしかった。ホルンはちょっと音がずれたところがあったが、このくらいの瑕疵はなんでもない!)、いずれも最高度の演奏だった。
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