日記・コラム・つぶやき

拙著「65歳から頭がよくなる言葉習慣」、「小論文 これだけ!Q&A編」、「小論文これだけ! 模範解答 医学・看護・医療 編」(共著)刊行

拙著が数冊刊行されたので、紹介させていただく。

6551diazonbhl_sx341_bo1204203200_65歳から頭がよくなる言葉習慣」(さくら舎)は、毎日、楽しみながらちょっとした言葉の体操をすることでボケを防いで知的になろうとするための本。気楽に読めて、それなりにためになる本にしたつもりだ。「語りおろし」の本であるため、話し口調でわかりやすく、私の言葉についての考えを披露している。また、「おぬし、できるのう。拙者と手合わせ願おうか」という言葉を現代語に訳そう・・・というような簡単な問題を考えながら、語彙を増やすためのノウハウを示し、この種の問題を提示している。言葉による頭の体操に役立つ本だと思っている。

51dbeptulml  東洋経済新報社からも、大学受験生向け「小論文 これだけ!」シリーズの2冊を新たに出した。「Q&A編」は、しばしば寄せられる小論文についての質問、疑問に丁寧に答えた1冊だ。小論文とは何か、どう書けばよいのか、どう勉強すればよいのかについて、これまで私が受けてきた質問に答えたつもりだ。わかりやすく使いやすい参考書になっていると思う。

51se64so4pl 小論文これだけ! 模範解答 医学・看護・医療 編」(共著)は、医学・医療系でしばしば狙われる問題10題について模範解答と悪い解答を示して、この分野を志望する受験生に必要な知識を増やし、どのような小論文を書けばよいかを示している。この本もすぐに役立つ本になっていると思う。

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さらば、長年使用した机よ

 この数日間、猛烈に忙しかった。来週に予定している海外旅行の準備(ビザを取ろうとして、先日、本籍地を変更したためにパスポートも取り直さなければならないことに気付き、あわて手続きをした)をしたり、大阪に仕事に行ったり(強烈な台風の翌日だったため、私の仕事にも少々支障があった)、あるいは予定通りにオペラやコンサートに出かけていたり、そのうえ、予定していなかった仕事が入ってゆっくりしていられなくなったりという事情もあるのだが、忙しさの最大の原因は机の買い替えだった!

 10日ほど前のこと、40年以上使ってきたスチール製の机の中央にある大きな引き出しの開け閉めがスムーズでなくなった。ガタピシやったが、うまくいかない。全部を引き出して、中を見てみたら、左側のスライドレールが折れ曲がり、しかも半分ほどスチールのレールが割れていた。折れているのを元に戻して何とかもう一度、引き出しを差し込んだが、歪んでいるし、ぐらついている。あと少しの寿命なのは目に見えている。

 大学院生だったころ、「ドクターコースに行かないので、もう机は必要ない」と宣言した後輩に無料でもらった机だった。屈強な男だったその後輩が私の住む部屋まで車で運んでくれたのを覚えている。頑丈で重くて大きな机だ。それまでも、たしか私は友人にもらった机を使っていた。考えてみると、これまで一度も自分で机を買ったことがない!

それから40年以上、私はこの机に向かって仕事をしてきた。本を読むときには私は基本的に寝転がるので、机は使わないが、文章を書くときには必ずこの机を使う。30代のころまでは手書きだった。その後、3、4台のワープロ専用機を使った。そのあとはパソコンをおそらく7、8台、この机で使った。私の最初の小論文の参考書である「ぶっつけ小論文」も、かなりのベストセラーになった「読むだけ小論文」シリーズも、そして、250万部のベストセラーになった一般書「頭がいい人、悪い人の話し方」も、そして何冊かの翻訳も、小論文の課題も模範解答もこの机を使って書いた。メールもこのブログももちろんこの机を使っている。

 買い替えなければいつ引き出しが脱落するかわからないと気づいた翌日、さっそく近くの家具店に行った。木製の、これまでのスチール製のものよりは少し上品で少し高級なものを購入した。その搬入予定日が今日の午前中だった。

 この数日間、仕事やコンサートから帰っては、足の踏み場もないように散らかっている私の部屋を少しずつ片づけていた。まず、業者の方が入れる場所を作った。次に、その人たちが作業をできるように部屋の空間を広げた。そして、昨日からは本丸である机の中の整理にかかった。机の奥の方から、10数年ぶりに目にする書類が出てきた。なぜ大事そうにしまっていたのか今となってはわからない不思議な手紙やノートも出てきた。この際だから、かなり大量に書類を捨てた。机にはべったりと40年の汚れがこびりついていた。

 そして、なんとか整理を終わった時、机が届いた。まず、これまで使っていたスチール製の机を運び出してもらった。机は大きすぎてそのままでは部屋から出せないので、私の部屋で無残に分解された。薄汚れた引き出し、台座、枠になって運ばれていった。ちょっとだけ感慨にふけった。

 新しい机はきれいで軽くて引き出しの滑りがよくて使いやすい。ともあれ、仕事を再開できるまでには片付いた。

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拙著「何もしない勇気」(幻冬舎)、「発信力」(ゴマブックス)発売

E2100039572461  本日(201883日)、幻冬舎より拙著「何もしない勇気」が発売された。今年の1月から3月まで、3か月にわたって東京新聞・中日新聞で連載していた「65歳になったら、○○しなくていい 宣言」に加筆してまとめたものだ。

 65歳を過ぎても、以前と同じように、「しなければいけない」と考えて、あれこれしようとする人が多すぎると思う。だが、65歳を過ぎたら、生産を考える必要はない。そもそも時代そのものが成長の時代でなくなっている。成長の時代に培われた価値観を崩して、もっと気楽になって、何もしないでいよう、好きなことだけしようということを提唱した本だ。

連載中、たくさんの方から好意的なお便りをいただき、とても励ましになった。書籍としてまとめることで、多くの人の手に取りやすくなると、こんなうれしいことはない。

Lw14 また、「発信力 頭のいい人のサバイバル術」(ゴマブックス)もローソン限定で発売されている。これは、かつて文春新書の1冊として刊行されていたものに加筆修正したものだ。現代社会において発信することの大事さ、その方法などを解説している。これも現代社会の必須のスキルを身につけるのに役立つ本だと考えている。

ご覧になっていただけると、ありがたい。

ところで、近況を少し付け加える。

730日から81日まで福岡を訪れていた。学研と、私が塾長を務める白藍塾が作成して展開している教育システム「クリティカル・シンキング」のセミナーでの講演のためだ。多くの中学校、高等学校でこのシステムを採用いただいているが、九州ではまだ十分に知られていないため、紹介を中心に行った。多くの中高の先生方に熱心に聞いていただいた。

ついでに故郷である大分県日田市を訪れた。72122日に祇園祭を見るために訪れたばかりだったが、今回は観光ではなく、父が残してくれた土地家屋の整理のためだった。

祇園祭の際には福岡空港から日田に直行したのでバスを使った。今回は福岡駅付近のホテルからの移動だったので、行きは「ゆふ号」、帰りは「ゆふいんの森」号を使った。昨年の豪雨で鉄橋が破壊され、久大線は不通になっていたのが、約1年ぶりに復旧された。

暑さのせいか、まだ観光が以前のように活況化していないためか、列車は空席が多かったが、ともあれ、復旧はとてもうれしい。

ただ、母の実家のあった大鶴駅を通る日田彦山線は復旧の見込みが立っていない。このまま廃線になる可能性も高いという。廃線になると過疎化が一層進み、かつて炭鉱と林業でにぎわった地域が陸の孤島になってしまう。日田彦山線に特別の思い入れを持つ者として、復旧を切に願う。

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拙著「ひとつ上の日本語ドリル」「日本の名作 出だしの一文」、そして「65歳 何もしない勇気」のこと

 かつてのオウム真理教の主要メンバーの死刑が執行され、西日本が大雨に襲われて、日本全体がざわざわとしている。広島で暮らす息子が、本日、東京に来る予定になっていたが、それができなくなるなど、私の生活への影響もある。ざわざわした気分だが、この数日で2冊、拙著が販売になったので紹介させていただく。

5136neaul_ac_us160_  201874日、拙著「ひとつ上の日本語ドリル」(ブックマン社)が発売になった。若い人の国語力強化という意味合いもあるが、それ以上に中年から高年にさしかかった人のぼけ防止の頭の体操としての日本語トレーニングという意味合いもある。魚の部位を示す言葉などの知識問題もあるが、ほとんどが言葉をひねってうまく表現したり、嫌味をオブラートに包んでうまく話したりといったトレーニングだ。なお、本書成立には多くの一般の方に協力いただき、問題を解いてもらった。その解答例も載せている。漢字の熟語を覚えるよりも、クロスワードよりも実際の社会に役立ち、ボケ防止にもなるトレーニングだと思う。

Fm 「日本の名作 出だしの一文」はしばらく前にある出版社から刊行したものだが、時代に合わせて加筆修正して、装いも新たに、このたび全国のファミリーマート6000店で販売されることになった。広めのファミマに行くと並べられていると思う(私はまだ確認していないが)。

 漱石、芥川、太宰などの名作の出だしの一文の意味、効果をわかりやすく分析し、それを一般のビジネスパーソンが日常生活で言葉を使うときにも応用できるように解説している。日本を代表する名作や私の愛する佳作のあらすじも加えている。ファミリーマートを訪れた時、のぞいていただけると嬉しい。

 なお、今年の1月から3月まで東京新聞・中日新聞に連載して大好評をいただいた「65歳を過ぎたら、○○しなくていい宣言」は、幻冬舎より「65歳 何もしない勇気」というタイトルで、来月8月3日に発売されることが決定した。65歳を過ぎたら、これまでのように、「しなければならない」と考えて努力したり、気を使ったり、いわんや年寄りらしくしたりする必要はなく、気楽に流されながら、怠けて生きていいのだということをあれこれの事例に基づいて書いたものだ。なお、書籍化にあたって10本ほどの原稿を加筆したので、連載を読んでくださった方にも楽しんでもらえると思う。

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京都の美濃吉での食事、拙著2冊、そして日大アメフト部のこと

 この数か月、とても忙しかった。もちろん、忙しいのは、コンサートや旅行に行っているからであり、引き受けなくてもよい仕事を引き受けているからでもあるので、人のせいにする気はないのだが、それでも忙しくて嘆きたい気持ちになっていた。が、ようやく5月末締め切りの本の原稿を書き終えつつある。5月、6月は少しのんびりできそう。

 一昨日(2018年5月22日)と昨日は京都にいた。京都産業大学付属中学の小論文教育を私が塾長を務める白藍塾がサポートしているので、その研修のために出かけたのだった。研修はきわめて順調。気持ちよく仕事を進めることができた。

 実際には日帰りでもよかったのだが、前日に京都に入って一泊した。なぜそうしたかというと、京都駅前の新阪急ホテル地下にある京料理の店、美濃吉で夕食を取りたかったからだ。京都に行くとき、この美濃吉での食事を何よりも楽しみにしている。美濃吉の中でも、私はとりわけ新阪急ホテルの店の味が好きだ。

 期待通りのおいしさ。私はいつものように、最も手ごろな値段の鴨川という京懐石をいただいたが、白味噌仕立てはいつも通りの絶品。丸茄子の田楽、茄子の鉢物、ちりめん山椒ご飯も実においしかった。そして、鯛の兜煮を注文したが、味のしっかりしみ込んでいる部分と鯛そのものの味の残っている部分のバランスがとてもよく、これまた絶品。

 私はこの店で食べるたびに、「ああ、幸せだなあ・・・」と感じる。それを感じたくて、この店に来る。

 5月23日、研修を終えて、雨の中、新幹線で東京に戻った。

51fkerxfqjl_ac_us200_351gofyqivcl_ac_us200_  ところで、5月中に拙著2冊が刊行された。『頭のいい人は「答え方」で得をする 』 (だいわ文庫)と、『小3までに伸ばしたい「作文力」』(青春出版社 なおこちらは白藍塾との共著)。

前者は、質問された時、何かを答えなければならない時に、どのような心構えでどのようなことを答えるべきなのかを、下手な答え方の例などを交えながら解説したものだ。

 後者は、白藍塾での小学生作文教室で行っている新たな作文指導の方法を紹介したものだ。空想作文を基軸に据えながら、そこに経験や知識を加えて、2020年の大学入試改革に対応する力をつける方法を説明している。付録に最近増加傾向にある中学入試作文問題の例題を示して、そのた対策も解説しているので、きっと役立つと思う。

数日前から、日大アメフト部の悪質プレー、退場させられた日大選手の会見、それを受けての前監督とコーチの会見がテレビで盛んに報道されている。大学に身を置いた人間として関心を持たずにはいられない。それにしても、ひどいプレーであり、ひどい監督、コーチだとつくづく思う。退場になった日大選手の腹を決めた会見は立派だと思う。私もまた、多くの日本人と同じように日大の対応に怒っている。

 私が最も気になるのは、日大の教員たちはどうしているのかということだ。今、表に出てきているのは、日大職員であり、サークルのコーチだ。アメフト部の学生はあまり学業に身を入れておらず、教員との付き合いがなかったのかもしれないが、それにしても教授陣、その代表である学長の明確な発言が聞こえてこないのは不思議だ。日大での教授陣と職員との関係はどうなっているのだろう。私は大学を代表するはずの教授陣の発言をききたいと思う。

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中日新聞・東京新聞の連載「65歳になったら、○○しなくていい宣言」が無事終了

 昨日、2018年3月31日をもって、1月4日から始まった中日新聞・東京新聞での「65歳になったら、○○しなくていい宣言」の連載が終わった。3か月、60回の連載だった。

 お読みいただいた方、気にかけていただいた方にお礼を申し上げたい。おかげで、とても好意的な便りが寄せられ、私としては大変励みになった。

 東京新聞からお話をいただいたのは昨年の夏ころだった。実はそれよりも前に、まったく別のテーマによる短い連載のお話を東京新聞からいただいていた。が、ちょうどそれは高齢の両親が東京の老人施設で暮らし始め、父が急激に体調を悪化させていた時期だった。連載どころではなかったので、残念ながらお断りするしかなかった。

その後、父が亡くなり、東京新聞に機会を与えていただいて、父の死を契機にして考えた高齢者の生き方の問題をコラムに書いた。そして、その流れで、今回、高齢者の生き方にかかわる60回の連載の話になったのだった。

 私はまだ66歳。高齢者の仲間入りをしたばかりで、高齢者の生き方をまさしく模索している時期だ。だから、高齢者に向かって生き方を説くことはできない。これまで大学受験生や小学生や若い社会人に向けて、文章術を教えたり、ちょっと戦略的な生き方を提唱したりしてきたが、まさか高齢者の戸口にいる私が本物の高齢者に向かって、そのようなことをするわけにはいかない。する能力もなければ、その度胸もない。

 ただ、私は65歳になってからではなく、もっと前から、「できるだけ、しなければならないことを減らそう」「産業社会にどっぷりつからずに、質素でいいので、自分らしい人生を貫こう」「好き勝手に生きよう」と考えて生きてきた。そもそも、この私のブログのサブタイトルにしている「すべての道がローマに通じるなら、ドン・キホーテよ、デタラメに行け!」という新居格というアナキストの言葉は、私のそんな生き方を表わしたものだ。受験勉強もろくにしなかったし、企業で働いた経験もない。ほとんどの時期をフリーランスとして暮らし、56歳になってやっと大学という組織に属した。40歳代のころだったか、小さな会社を設立したが、私は社長なので、気分はフリーランスのままだった。もちろん、必死に働かなくてはならない時期はあったが、ずっと音楽を楽しみ、本を読み、旅行をしてきた。自分を抑えて「・・・しなければならない」とはほとんど考えなかった。したくないことはしなかった。

 私は常々、多くの人が社会的義務に駆られて必死に生きているのを不思議に思っていた。自分の人生や社会の様々なことから距離を取って、余裕をもって生きれば、もっとずっと気楽に楽しく生きていけるだろうにと思っていた。壮年の働き盛りの人は仕方がない。だが、高齢者になってもまだ同じことを続けている人がいる。考え方さえ変えれば、もっとずっと気楽に生きることができるのに、自分を追い込んでいるように見える。

 私は65歳を過ぎ、高齢者になっていくが、今までの生き方を改める気はない。いや、ますます、私のような考えが高齢者にとっては意味を持つはずだ。そのような私の考えを書けば、もしかしたら、高齢の方々への私からのメッセージになるかもしれないと思った。

 こうして連載を引き受けた。私のメッセージがいくらかでも役に立てば、私としてはとてもうれしい。なお、この連載は今年の夏までには書籍化される予定になっている。関心がおありの方には、書籍をぜひ読んでいただきたいと思う。

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東京新聞・中日新聞の夕刊で連載開始 「65歳になったら、○○しなくていい宣言」

 本日、201814日から、東京新聞・中日新聞の夕刊でエッセイ「65歳になったら、○○しなくていい宣言」の連載を開始した。これから3月末まで、60数回にわたって夕刊での連載を続ける予定だ。

 私も66歳になった。高齢者の中では「ひよっこ」だが、高齢者であることには違いがない。大学も定年退職し、年齢を感じることも多い。そんな中、これからどのようなことをして、どう生きていくか。それについての私なりの考えをエッセイとしてまとめたものだ。

 なお、エッセイには、かなざわまこと氏の楽しいイラストが添えられている。とても魅力的なイラストで、これを見るだけで楽しい。イラストには私の似顔絵が描かれているが、たぶん実際の私よりも50パーセント増しくらい(あるいはそれ以上?)の「感じのよさ」だと思う。このイラストで想像した人が本物の私を見て、あまりの感じの悪さに落胆するのではないかと心配になってきた。

 今日の第一回の文章にも書いた通り、これから連載するつもりのことを簡単にまとめると、「しなければならない」という意識をできるだけ棄てて、タイで言われる「マイペンライ」、つまり「なんとかなるさ」「気楽にいこう」という気持ちで生きようということに尽きる。そのためにはどんなことをすればよいのか、どういう心構えが必要なのかをまとめた。

 できるだけおもしろく、できるだけ役に立つようにまとめたつもりだ。東京新聞と中日新聞を読まれる機会があったら、お読みいただけると、私としてはとてもうれしい。

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私の故郷・日田の豪雨

 201776日。私が子どものころから見慣れた光景が、豪雨の被災地としてテレビに繰り返し映されている。しばしば使っていた久大線の鉄橋が流されている。日田市大鶴地区(私の母の実家があったところであり、私が生まれたところでもある)も特に被害の大きい地域として報道されている。緑の多い穏やかな土地が泥だらけの姿になっている。鮎の住む清流が泥川になり、流木やごみがたまっている。福岡空港から日田までバスで移動する地域が今回の豪雨の中心的な被災地だ。

 両親は一昨年、高齢のために東京に越してきた。父はその年に亡くなった。両親はそれまで日田市内に住んでいた。両親の暮らしていた地域もどうやら避難指示地域に指定されていたようだ。両親が日田に住んでいなくてよかったと心から思う。いとこたちが何人か日田市内に住んでいるが、彼らはまだ若い(といっても私とほぼ同年代だから結構な老人だが)ので、濁流にのまれる前に対応できるだろう。

 日田に住んだのは5歳までで、それ以降は父の仕事の関係で中津市、大分市で暮らした。父の実家は日田市内にあったので、帰省先は日田だったが、私自身は日田についてもそれほど強い故郷意識は持っていない。持っていないつもりだった。だが、日田の惨状をみると、私の中の郷愁が刺激される。故郷が失われていくような気分に陥る。両親とともに日田の風景をみていたころを思い出す。

 母は老人ホームでテレビを見て日田の状況は知っているようだ。今日、老人ホームに母を見舞った息子によると、母はそれほど大きな落胆や心配の様子は示していなかったという。私自身で確かめたいが、実は私は札幌で風邪を引いたらしく、咳が出て、一昨日からはほとんど声が出ない。老人ホームに風邪を蔓延させるわけにはいかないので、しばらく母のところには行っていない。

 これ以上、被害が拡大しないことを祈りたい。

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拙著『大人の教養力』発売、花見のこと、京都の美濃吉での食事のこと

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 青春出版社より拙著『この一冊で芸術通になる 大人の教養力』が発売された。かつては職人になるのに何年も要した。だが、今では適切な教育を受ければすぐに職人としての技を身につけることができる。教養も同じであって、一通りのことはすぐに身に着けられる。だから、今すぐ芸術に親しもう。そんな理念に従って書いたものだ。クラシック音楽、文学、美術、日本芸能について、この1冊で「芸術通」になるための手ほどきをしている。しかも、「ツウ」だと思われるうまい話し方なども解説している。

 ともあれ芸術の入門書として多くの人に読んでほしいと思っている。

 

 この数日間、あちこちで花見をしていた。おいしいものも食べた。その報告を簡単に書く。

 201745日、日本ペンクラブ理事の小中陽太郎さんのグループに加わって神田で食事会。その前に靖国神社、北の丸公園、千鳥ヶ淵を一人で回って花見をした。満開だった。千鳥ヶ淵はまさしく壮観。食事もおいしかったり、小中さんのお仲間と話して楽しかった。

 46日は私が塾長を務めている白藍塾の仕事で大阪府堺市にある初芝立命館中学校・高等学校に行って、先生方の小論文研修の講師を務めた。とても充実した研修だった。その後、大阪駅に戻り、駅付近のe-maというビルにある華中華という中華料理店で夕食。とてもおいしかった。その日は、大阪駅付近に宿泊。

 47日、午前中に桜ノ宮駅まで行き、大川の河畔を歩いた。両岸の遊歩道の桜は今が満開。雨上がりで人も少なく、濡れた桜がきれいだった。30分ほど歩いて大阪駅に戻り、その後、京都に移動。

京都では駅からタクシーに乗り、八坂神社に行き、その後、円山公園、高台寺と歩いて、桜をみた。ここも満開。京都も天気がよくなかったせいか、それほどの人出ではなかったが、それでも大勢の観光客。色鮮やかなレンタル着物を着た男女が目立った。ほとんどが中国人観光客らしい。とても似合うきれいな中国人女性が多くて、私としてはうれしくなった。

ただ、西洋人観光客はどうやらそれを日本人と思っているようでカメラを向けていたので、誤解を正したくなった。また、かなりお年を召した女性(50歳代だと思う)が艶やかな振袖を着ているのも見かけた。私くらいの年齢になると、それはそれで色っぽくて魅力的だと思わないでもないのだが、やはり違和感は残る。レンタル着物屋さんが貸し出すときに客に教えるべきだと思った。

昼過ぎに京都駅前にある新阪急ホテルの地下の京料理の店、美濃吉で昼食。私の贔屓の店だ。京都産業大学に通っていたころ、毎週通っていた。久しぶりに「鴨川」を食べた。とりわけ京の白味噌仕立ては絶品。たけのこご飯も感動的においしかった。実は、この食事が食べたくて、大阪での仕事の後に京都まで来たのだったが、その甲斐があったと思った。

夕方に帰宅。結局、この1週間に、上野、靖国神社、北の丸公園、千鳥ヶ淵、大阪の大川、京都の八坂神社、円山公園、高台寺で桜を見たことになる。

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拙著『バカに見られないための日本語トレーニング』のこと

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 少し紹介が遅くなった。今月初めに書店に並んだはずだ。

 通常の会話やメールで、自分でも気づかないうちに失礼な日本語を使ったり、愚かな言い方をしたりしている人が多いのではないだろうか。本音を言って相手を怒らせたり、セクハラめいたことを言ったり。

『バカに見られないための日本語トレーニング』(草思社)は、ビミョウなことを言うとき、どのように言えばうまく収まるか、相手を立てるとき、どう書けば相手の心に伝わるか、抗議するとき、どう表現すれば相手をグサリとやり込められるか、目上の人に向かって「あなた」を言わざるを得ない時、どうすればそれを避けられるか。そのようなテクニックを満載したトレーニング集だ。

 カラオケで下手な歌を歌った上司にどう声をかける? 女性のバストをほめたくなったらどう言えばいい? スーパーで購入した商品が不良品だったために取り換えを要求するときどうすればすんなりいく? 「吾輩は猫である」を「である・だ・です」を使わないで同じ意味にするにはどうすればいい? 上司に向かって「あなたと一緒に行きたい」といいたい時どう表現する?  そんな表現を練習する。

 今、正しい日本語を使うための本は近年かなり出ている。だが、これは、そのような目的ではなく、もっと実用的でもっと役に立つトレーニング集だ。相手を怒らせず、相手にバカと思われず、それどころか、相手の心を動かして上手に生き抜いていくための表現の練習を主として行っている。

 本書はトレーニング集だが、読んで面白いことを心がけた。問題を解きながら、ニヤリとしてほしいと思っている。興味がある方がおられたら、ご一読をお願いしたい。

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