音楽

ヤンソンス死去 オペラ映像「スペードの女王」「エフゲニー・オネーギン」「サロメ」

 ヤンソンス死去のニュースに絶句。76歳。

 20年以上前、タクシーに乗っていたら、「幻想交響曲」が聞こえた。運転手さんがクラシック好きだった。最寄駅から自宅までの10分間くらい話した。「ヤンソンスという指揮者、いいですねえ。次にカラヤンみたいになるのはヤンソンスですよ」とその運転手さんは話していた。もちろん、私もヤンソンスの名前は知っていたが、演奏を聴いたことはなかった。その数日後、すぐにCDを購入して聴いてみた。繊細で生き生きとした音楽に驚嘆。それ以来、ヤンソンスは現代最高の指揮者と考えてきた。ウィーン・フィルやコンセルトヘボウやバイエルン放送交響楽団との来日公演の多くを聴き、ザルツブルクでもウィーン・フィルのコンサートを聴いた。ほとんどのコンサートが最高に素晴らしかった。合掌。

 この数日間に聴いたオペラ映像についての感想を簡単に書く。たまたまだが、ヤンソンスの指揮の「スペードの女王」が含まれる。

 

チャイコフスキー 「スペードの女王」2018年 ザルツブルク祝祭大劇場

 ヤンソンスがウィーン・フィルを指揮している。顔を見た時、やつれた感じでヤンソンスとわからなかった。体調がよくなかったのかもしれない。ただ、音楽的には素晴らしい。精妙で緻密。しかもドラマとしての盛り上がりがある。

 ゲルマンを歌うブランドン・ジョヴァノヴィチが圧倒的な存在感。リーザ役のエフゲニア・ムラヴィエワも清楚な声と地味な美しさがこの役にふさわしい。エレツキー公爵のイゴール・ゴロヴァテンコも堂々たる歌唱。ちょっと堂々としすぎているとは思うが、もちろん素晴らしい。伯爵夫人を歌うのは、なんとハンナ・シュヴァルツ! 70歳をかなり超えているはず。声が出ていないが、この役どころではこれでよいだろう。ウィーン国立歌劇場合唱団ももちろん最高。

 演出はハンス・ノイエンフェルス。最初の場面で、少年たちが檻に入れられていたり、エカテリーナ女帝が骸骨だったり、合唱団がコウモリ?のような恰好(バイロイトの「ローエングリン」では合唱団はネズミの格好をしていた!)をしていたりする。私にはどういう意図があるのかよくわからなかった。

 

 

チャイコフスキー 「エフゲニ・オネーギン」2008年 パリ、ガルニエ宮(ライヴ)

 ボリショイ劇場によるパリ公演。まず、ドミトリー・チェルニャコフの演出に目を引かれる。まるで映画のようにリアルな舞台。一つ一つの顔の表情や動きが音楽とぴたりと合って、手に取るように心情が伝わる。ラーリナの家の客間で始まり、最後まで同じ構図の室内で展開される。決闘の場も雪の中ではなく、室内で行われ、グレーミン公爵の屋敷も同じ造り。決闘の場面も、心の行き違いによる事故として捉える。驚くのは、トリケは登場するものの黙役で、その歌はレンスキーが代わって歌うこと。レンスキーも実はタチアーナを愛しているという設定らしい。オネーギンもタチアーナもレンスキーも孤独の中で葛藤している。チェルニャコフはこのような物語として、このオペラをとらえているのだろう。

 歌手陣はみんな圧倒的な演技力だと思う。とりわけ、私はタチアーナを歌うタチアーナ・モノガローワにびっくり。あまりに美しく、歌も素晴らしい。まさに引っ込み思案で夢見がちな少女。マリウス・クヴィエチェンも、その孤独と傲慢さをうまく演じて、まさしくオネーギン。ただ、レンスキー役のアンドレイ・ドゥナーエフの歌はかなり弱い。

 アレクサンドル・ヴェデルニコフの指揮は低音が強く、ドラマティックな雰囲気を強めたもの。私個人的趣味としては、もっと物憂げであってほしいが、これはこれでおもしろい。

 

リヒャルト・シュトラウス 「サロメ」 2017年 アムステルダム、オランダ国立歌劇場

 最高の上演だと思う。歌手たちも素晴らしいが、やはり何といってもダニエーレ・ガッティ指揮のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の豊穣で色彩的で官能的で蠱惑的な音響に驚く。このような音響でドラマを作り、そこに一分の隙もない。凄惨でエロティックな物語が音楽によって見事に展開される。

 歌手陣の中では、やはりサロメを歌うマリン・ビストレムに驚嘆。可愛らしい十代の少女にしか見えない。しかも圧倒的な演技力。わがままで我が強くて残酷な少女を見事に演じている。歌唱も素晴らしい。声が伸び、迫力があり、音程もよい。そのうえ、7つのヴェールの踊りでは自分で踊り、その踊りが、少なくとも素人目には見事。サロメを演じるために生まれたように思えるほど。凄い歌手が出てきたものだ。

 ヨカナーンを歌うエフゲニー・ニキーチンも圧倒的な歌唱というべきだろう。自信にあふれた肉体派のヨカナーンを演じている。ヘロデ王役はランス・ライアン。私はこの人の歌うジークフリートは我慢できないほど嫌いだったが、ヘロデ王にはぴったり。演技を含めて見事。ドリス・ゾッフェルのヘロディアスも妖艶で気位が高いが自堕落な女性を見事に演じている。

 演出はイヴォ・ヴァン・ホーヴェ。ホテルのような現代的な場所に、現代の服装の人物が登場する。女性はドレス、男性はきちんとしたスーツ。ヨカナーンだけが入れ墨だらけのTシャツ姿。だが、演劇としてみて、まったく違和感がない。しぐさや顔の表情などが音楽にぴたりと合い、リアルな心情が伝わる。銀の皿の上に載せられて登場するのは、ヨカナーンの生首ではなく、ヨカナーンの全身だが、なるほど、サロメの意識としてはヨカナーンの全身を欲しているのだろう。形而上学的な要素はないが、少女の心理を鋭く描いている。

 これまで「サロメ」には多くの名演があったが、これが最高かもしれない。

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マリインスキーの「スペードの女王」 とてもよかったが、驚異的ではなかった

 2019121日、東京文化会館でマリインスキー・オペラの来日公演、チャイコフスキーの「スペードの女王」をみた。指揮はワレリー・ゲルギエフ。ものすごい上演が見られると思っていたのだが、それほどではなかった。

 このオペラの実演を見るのは、たぶん3回目か4回目だと思う。あまりなじんだオペラではない。実を言うと、納得のいかないところも多い。第2幕の牧歌劇をなぜあれほど長々と続ける必要があるのか、第1幕の公園の場面で子どもたちを出す必要がなぜあるのか…などなど作劇的にも音楽的にも疑問に思う。アレクセイ・ステパニュクの演出が私の疑問について何らかの答えを示してくれるのかと思っていたが、それはなかった。いっそう疑問をわきあがった。あまり個性的な会社拡販されていないように思う。

 歌手陣についても、ゲルマンを歌う大歌手ウラディーミル・ガルージンに期待していたのだが、ヴィブラートが強いのが気になった。声が出なくなってテクニックで補っているのだろうか。リーザ役のイリーナ・チュリロワはしっかりした声と演技。ただ、立派すぎてリーザの悩みが伝わらない。トムスキー伯爵 のウラディスラフ・スリムスキー、エレツキー公爵のロマン・ブルデンコは悪くないのだが、感動するほどではなかった。

 しかし、ゲルギエフ指揮のマリインスキーの音はさすがというべきか。金管が実に素晴らしい。ただ、オーケストラについてもゲルギエフの魔法のような音楽を期待していたのだが、意外と普通の演奏だった。

 全体的に、もちろんとても良い演奏だったのだが、マリインスキー劇場のチャイコフスキー・オペラということで、とてつもないものが見られるのではないかという期待には答えてもらえなかったといえそうだ。

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ヤノフスキ+ケルン放送 男性的な「英雄」を堪能

 20191126日、サントリーホールでケルン放送交響楽団の演奏を聴いた。指揮はマレク・ヤノフスキ。曲目は、前半にピアノのチョ・ソンジンが加わって、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」、後半にベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。

 いつもと客層が違うのに気付いた。女性が多い。とりわけ若い女性がかなりいる。チョ・ソンジン人気なのだろう。ショパン・コンクールに優勝した若い男性なのだから、人気も当然といえば当然だろう。

 が、私個人としては、チョ・ソンジンのピアノには特に惹かれなかった。第3楽章など、とても魅力的な音を感じたが、あまりベートーヴェンらしくなかった。指のタッチにちょっとムラがある気がする。違和感を覚えた。ピアノのアンコールにブラームスの間奏曲の1曲。これもあまり面白いと思わなかった。ピアノの音はとてもきれいなのだが、それ以上に迫るものを感じない。

「英雄」は素晴らしかった。ヤノフスキの音楽を推進していく力が見事。がっしりと音楽を構築していく。少し前にコンセルトヘボウのあまりに精妙な音を聴いて驚嘆したのだったが、ケルン放送交響楽団はそれに比べると、あまりに粗削りといっていいだろう。だが、そのような音をヤノフスキは勢いをつけ、がっしりと組み合わせて、大きな音楽にしていく。四管編成の大規模なオーケストラが棒にこたえて、まさしくベートーヴェンの世界を作り出す。これはこれで、コンセルトヘボウなどとは異なった音の魅力がある。

 クリアな音なのだが、これまでにヤノフスキに比べると、音は重めに感じた。明瞭に音楽を作っていく。確信にあふれており、不明瞭なところがない。全体的に速めのテンポなのだが、とりわけ第3・4楽章はかなりの快速。その高揚感は素晴らしい。興奮した。

 アンコールはベートーヴェンの交響曲第8番の第2楽章。とてもチャーミングな演奏だった。「英雄」で男性的なベートーヴェンを披露したので、口直しに、ちょっと愛嬌のあるベートーヴェンを披露したといったところだろう。小回りが利いて、ちょっとユーモラスで、しなやかな演奏だった。

 ヤノフスキはまさしく巨匠だと痛感した。

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オペラ映像「リッチャルドとゾライデ」「ノルマ」「異国の女」「イリス」

 オペラ映像を何本か見たので、簡単な感想を書く。

 

ロッシーニ 「リッチャルドとゾライデ」 2018年 ペーザロ、アドリアティック・アレーナ

 このオペラを初めて知った。とてもおもしろい。一人の美しい王女をめぐって異国の王と英雄が奪い合い、そこに王に捨てられて王女に嫉妬する女性が絡むという、まさにありがちなストーリーだが、歌の力で最後まで飽かせない。まさにドラマティック。ま、もちろん、作劇的には無理なところはたくさんあるし、不自然なドラマ展開はあるが、それは目をつむるしかない。

 出てくる歌手出てくる歌手、みんなが圧倒的なのに驚いてしまう。だが、なんといっても、リッチャルドのフアン・ディエゴ・フローレスとゾライデのプリティ・イェンデがものすごい。二人とも輝かしい声。イェンデはアフリカ系の顔つきなので、オペラで歌うのにはかなりハンディがあると思うが、それをはねのけるだけの歌の力がある。本当に素晴らしい。

 そのほか、アゴランテのセルゲイ・ロマノフスキー、ゾミーラのヴィクトリア・ヤロヴァヤも主役二人に決して引けを取らない。ロマノフスキーの高音の安定度も見事だし、ヤロヴィヤの技巧も見事。そのほかの歌手たちもまさに粒ぞろい。

 ジャコモ・サグリパンティ指揮のRAI国立交響楽団もとてもよい。マーシャル・ピンコスキの演出もともあれわかりやすい。初めてのオペラにはそれがありがたい。

 ロッシーニ・オペラの醍醐味が味わうことができ、歌手陣の名人芸を楽しむことができるという点で、やはりこれは素晴らしい映像だ。

 

ベッリーニ 「ノルマ」 2018年 ジェノヴァ、カルロ・フェリーチェ歌劇場

 ノルマを歌うのはマリエッラ・デヴィーア。往年の輝きは失われたとはいえ、さすがの風格。声のコントロールの甘いところはあるものの、きれいな声でドラマティックに歌う。ポリオーネのシュテファン・ポップも伸びのある美声で、しっかりと歌う。ただ、アダルジーザ役のアンナリーザ・ストロッパがまだ十分に声がこなれていないし、歌唱も堅い。

 指揮はアンドレア・バッティストーニだが、オーケストラの性能が良くないせいがあるのかもしれないが、ドラマが盛り上がらない。あるいは、もしかしたら、ベッリーニのオーケストレーションが薄くて少々稚拙なので、バッティストーニがドラマティックにしようとしても、むしろ空回りしてしまうのか。合唱もなんだか頼りない。ルイージ・ディ・ガンジとウーゴ・ジャコマッツィの演出はごくオーソドックス。

 悪い上演ではないが、残念ながら、さほど感銘は受けなかった。

 

ベッリーニ 「異国の女」 2017年 カターニア、マッシモ・ベッリーニ劇場

 初めてこのオペラをみた。ベッリーニらしい、気高く凛とした歌が続く。歌手たちもそろっている。アライデを歌うフランチェスカ・ティブルツィは、カラスの時代の歌手たちを思い出すような深い歌いぶり。イゾレッタのソーニャ・フォルトゥナートも清潔にうたう。アルトゥーロのエマヌエレ・ダグアンノ、男爵のエンリコ・マッルッチもみごと。

 ただ、セバスティアーノ・ロッリの指揮するターニア・マッシモ・ベッリーニ劇場管弦楽団&合唱団はあまり精度が高くない。だんだん良くなっていくように思うが、最初のうちは少しストレスを感じた。

 アンドレア・チンニによる演出については、私は少々疑問を感じる。第1幕は川辺の風景がとても良い雰囲気だったが、第2幕になると、ずっと水を張られたうえで歌手たちは演技する。水の上をジャポジャポと音を立てて歩き、服の裾を濡らしながら歌うことになる。見ているだけで私などはストレスを感じる。「水」をテーマにしたかったのだろうが、何もわざわざ水を張る必要はなかろう。

 超一流の上演とは言えないにせよ、全体のレベルはとても高く、とても楽しむことができた。

 

マスカーニ 「イリス」2017年 リヴォルノ、ゴルドーニ劇場

 井原広樹の演出。衣装や装置も日本人がかかわっている。そのおかげで、この日本を舞台にしたオペラの衣装や背景が日本らしくなり、登場人物の所作が日本人らしくなる。とりわけ、合唱団の顔と体形は間違いなく西洋人なのに、所作のために違和感がないのは、日本人としてはとてもありがたい。

 全体的にとてもレベルが高い上演だと思う。イリスのパオレッタ・マッロクがしっかりした美声で見事。オオサカ役のパオロ・アントニェッティもきれいな声で見事に歌う。キョウト役のカルミネ・モナコ・ダンブロジアもいかにも怪しい人物をうまく造形している。

 数回しか聞いたことのないオペラなので、演奏について何かを語ることはできないが、ダニエレ・アジマンの指揮によるプッチニアーナ・フィルハーモニア管弦楽団も悪くない。十分に音楽を堪能できた。とてもありがたい映像だと思う。

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イザイとショーソンの音楽を楽しんだ

 20191123日、東京藝術大学奏楽堂で「イザイとショーソン ふたりの絆が生んだ至高の音楽」を聴いた。

 イザイとショーソンには交流があった。それどころか親しい友であり、しばしばともに行動した。その二人の曲を取り上げ、しかも、演奏者の一人が戸田弥生さんとあれば、ぜひ聞いてみたいと思ったのだった。冷たい雨の中、上野駅から奏楽堂まで歩いた。

 演奏は、戸田弥生のほか、ヴァイオリンの加藤知子、大江馨、ヴィオラの佐々木亮、チェロの伊東裕、ピアノの藤井一興、津田裕也。

 最初の曲、ショーソンのコンセールop.21(戸田、加藤、大江、佐々木、伊東、津田)がとてもおもしろかった。初めて聞く曲だが、フランス風の響きでありながら、ワーグナー風に盛り上がっていく。第3楽章、第4楽章の燃えるような表現が素晴らしいと思った。戸田のヴァイオリンの強い表情がこの曲にぴったり。繊細にして静かにもえたぎる様子が弓使いから聞こえてくる。ほかの演奏者たちも情緒に流れず、しかも抒情的でとても良かった。

 休憩後、イザイ作曲の「エクスタッセ」op.21(加藤、藤井)と「ポエム・エレジアク」op.12 A.クニャーゼフ編曲 伊東、藤井)が演奏された。これも初めて聞く曲だった。私としては、ショーソンの曲よりは面白くないと思った。イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタほどの衝撃もなかった。本当のことを言うと、ちょっと退屈だった。演奏はとても良いと思う。加藤知子のヴァイオリンもとてもきれいな音で丁寧に音を作り上げていき、静かに音楽の本質に迫っているのがよくわかる。若いチェリストの伊東裕の大胆で繊細な音に感心した。ただ、曲そのものにあまり引きつけられるものを感じなかった。

 最後に、ショーソンの「詩曲」のイザイ版に基づく室内楽編曲版(加藤、戸田、大江、佐々木、伊東、藤井)。好みの問題かもしれないが、やはりショーソンのほうがいいなあ…と思ったのだった。ただ、ソロを演奏した加藤知子の個性だと思うのだが、あまり濃厚にならない。とても高貴で清潔な美音で、それはそれでとても素晴らしいのだが、詩曲はエロティックといえるほどに濃厚なものであってほしいと私は思っている。今日の演奏は、日本人的でアッサリ気味の詩曲になっていたのが、私としては少し物足りなかった。

 とはいえ、珍しい曲を聴くことができて、とてもよかった。

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ブロムシュテット+N響 モーツァルトのミサ曲ハ短調 しみじみと美しい演奏

 20191122日、NHKホールでNHK交響楽団定期演奏会を聴いた。指揮はヘルベルト・ブロムシュテット、曲目は前半にモーツァルトの交響曲 第36番「リンツ」、後半にモーツァルトのミサ曲 ハ短調 K. 427

「リンツ」を聴いた時点で、ブロムシュテットもかつての勢いをなくしたと思った。第4楽章はとてもよかったが、その前はもたついているのを感じた。特に、第2・3楽章は少々退屈だった。音楽が流れず、途絶え気味になっていると思った。かつてのブロムシュテットにはなかったことだ。ミサ曲も期待できないかも…と思った。

 が、その予想は間違いだった。ミサ曲は初めから素晴らしかった。自然に音楽が流れ、穏やかな心境が美しく描かれる。しみじみとして美しい。もともとそれほど起伏のある音楽ではないので、下手な演奏だと退屈しそうになるのだが、まったくそんなことはない。穏やかな表情が続くが、そこに様々なニュアンスがあり、絶妙な美しさがあり、静かな信仰心があり、心の奥にしみいる人間愛のようなものがある。哀しみのなかに慈愛があり、信仰心のなかに人間愛がある。そのように感じた。ずっと音楽にふけることができた。N響も見事な音を出してくれた。誇張がなく、しみじみと美しい。

 歌手陣もとてもよかった。とりわけ、二人のソプラノ、クリスティーナ・ランツハマーとアンナ・ルチア・リヒターが素晴らしい。ともに宗教音楽にふさわしい澄んだ声で、音程もよく、しみじみとした歌唱が心地よかった。テノールのティルマン・リヒディもしっかりとした美声、バリトンの甲斐栄次郎も出番こそ少ないが、しっかりした歌唱だった。そして、新国立劇場合唱団もいつもながら声がしっかり出ており、見事。

 バッハと違って峻厳な信仰は感じないが、穏やかで人間化された信仰を味わうことができた。

 来年もまたブロムシュテットの演奏を聴きたいものだ。

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パーヴォ・ヤルヴィ+コンセルトヘボウのベートーヴェン第4番 全身が震えた

 20191119日、サントリーホールでロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団演奏会を聴いた。指揮はパーヴォ・ヤルヴィ、曲目は前半にベートーヴェンの交響曲第4番、後半にショスタコーヴィチの交響曲第10番。超名演だった。

 まず、コンセルトヘボウの音の美しさに改めて驚嘆。とりわけ木管楽器の美しさには本当にうっとりする。クラリネットの弱音のニュアンスの豊かさに心が震えた。もちろん、弦楽器も潤いがあり、しなやか。音を聴くだけで実に快感。

 そして、パーヴォの棒さばきも見事。ベートーヴェンの交響曲第4番の第1楽章。もやもやした雰囲気で始まり、雲が晴れるかのように視野が開ける。そして、躍動し、ワクワク感が広がる。その様子がパーヴォの棒によって実現されていく。生命力に富み、リズムにあふれ、構成感もある。音楽が心地よく推進されていく。第3楽章のスケルツォも終楽章も躍動し心が弾んでいく。

 昔、音楽に感動すると、背中に悪寒が走り、全身がしびれたようになっていた。長らくそのような感動を覚えたことがなかったが、今日、久しぶりにその状態になった。

 後半のショスタコーヴィチもすごかった。ベートーヴェンの第4番ほど好きな曲ではないのだが、やはりこの音の饗宴には圧倒されるしかない。強烈な音が充満する。ショスタコーヴィチの音はまさにヒステリックなのだが、心の奥底からの深いヒステリーだとでもいうか。少しも下品でなく、心の奥を揺り動かす。様々な音が縦横無尽に入り組み、それが見事に整理される。が、もちろん整理されるといっても、予定調和的ではなく、強烈さを失っていない。狂乱の音楽に私の心も狂乱しそう。

 アンコールはチャイコフスキーの「くるみ割り人形」の「トレパック」とシベリウスの「悲しきワルツ」。これらも素晴らしかった。「悲しきワルツ」では弦のアンサンブルの美しさに酔った。

 コンセルトヘボウの音はすごいなあ、パーヴォはすごい指揮者だなあというきわめてプリミティブな感想を反芻しながら、家に帰った。

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ブロムシュテット+N響のブラームス3 ブロムシュテットも枯れた?

 20191117日、NHKホールで定期演奏会を聴いた。指揮はヘルベルト・ブロムシュテット、曲目は前半にマルティン・ステュルフェルトのピアノが加わって、ステンハンマルのピアノ協奏曲第2番、後半はブラームスの交響曲第3番。

 ステュルフェルトという作曲家は初めて知った。ストックホルム生まれのシュトラウスより少しあとの世代の作曲家らしいが、曲想はブラームスとショパンを合わせたような感じ。とても魅力的なところもたくさんあったが、結局、よくわからなかった。私くらいの歳になると、初めての曲を予備知識なしに聴くのはつらい。曲の構成を捉えられないまま終わってしまう。

 ピアノのアンコールは、ブラームスの幻想曲集作品116からの曲だという。抒情性を秘めた粒立ちの良いピアノだった。

 ブラームスのほうはかなり独特の演奏だと思った。良くも悪くも、ついにブロムシュテットも枯れてきたと思った。今までのブロムシュテットのような若々しい推進力がない。一気呵成に音楽を作るというより、穏やかな箇所があり、静まりかえる個所があり、大きく躍動する箇所がある。しみじみとした音楽がしばしば聞こえてくる。一つの川のように、様々な表情を見せて、音楽が流れていく。様々な水の表情があるように、音楽にも様々なニュアンスがある。それをブロムシュテットは丁寧に音楽にしていく。そのため、構成感が弱まる。が、あっというほど美しいところがいくつもある。ところどころで魂が震えた。

 第23楽章ではとりわけ、まるで一つ一つの音を慈しんでいるような箇所がいくつもあった。すっと静かになり、管楽器の音、弦楽器の音がまるでこれが最後の別れであるかのように穏やかに鳴りわたる。

 第4楽章では大きく盛り上がった。しかし、ここでもしばしば推進力がある音楽ではなく、しばしば歩みを止め、一つ一つの音を慈しむ場面がある。こうして、最後、静かに終わる。

 素晴らしい演奏だと思う。ただ、私は、最終楽章はもう少し盛り上げてよかったのではないかと思った。ちょっと、細かいニュアンスを描きすぎて、少し爆発が物足りなく思った。きっと、ブロムシュテットは爆発させるよりも、様々な部分のそれぞれの美しさを保ちながら、最後に静かに終わっていく様子を描きたかったのだろう。

 ブロムシュテットもついに枯れたのだろうか。もちろん、まだまだ元気だ。90歳を超えているとは思えない足取りと棒さばき。しかし、人生の残りをかみしめるような音楽の表情をブロムシュテットの音楽のなかに、今回、初めて聴いた気がする。

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新居由佳梨のフランクに感動!

 20191113日、オペラシティ リサイタルホールで「新居由佳梨ピアノリサイタル 重なり合う旋律 〜バッハとフランクに寄せて〜」を聴いた。ゲスト共演はチェロの西谷牧人。素晴らしかった。

 曲目は前半にバッハのカンタータ第147番より「主よ、人の望みの喜びよ」、イタリアン協奏曲 BWV971、フランクの「プレリュード、コラールとフーガ」ロ短調、後半にバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第1番とフランクのヴァイオリン・ソナタ イ長調(チェロ編曲版)

 フランス的なバッハといってよいだろう。優雅でしっとりとして色彩感のあるバッハ。音の重なりを重視するが、ドイツ的な剛腕でうねるような音の重なりではない。しなやかでさわやか。これが新居のバッハなのだろう。フランス音楽を得意とする新居らしい。

 が、私はバッハよりもフランクに強く惹かれた。まず、プレリュード、コラールとフーガ ロ短調に驚嘆した。これは単にフランス的というよりも、もっとずっと強い表現だ。激しい感情の起伏を描く。しかし、決してロマンティックではなく、やはりバッハ風。感情移入するのではなく、客観性を保って知的でダイナミック。そうか、フランクの音楽というのはこんな音楽だったんだ!と納得。何度か魂が震えた。

 後半のヴァイオリン・ソナタ(チェロ版)もよかった。第2楽章のピアノの出だしに驚いた。フランク的なうねりという言葉を使いたくなるような大きな音の躍動だった。その後、大きく盛り上がっていった。しかし、チェロの西谷の個性もあるのかもしれないが、ロマンティックに思い入れたっぷりにしゃかりきになって演奏するのでなく、客観性を保っている。新居のピアノも、大きく流動しながらも、けっして熱くならない。そう、まさにバッハ的。しかし、音楽は緻密に構成され、論理的に高揚し、音が激しくうねっていく。

 フランクの前にバッハが演奏されたのは、このような意図があったのだろう。すなわち、新居は熱いロマンティックなフランクではなく、バッハの後継者としてのフランクを演奏したかったのだろう。ロマンティックな感情の高まりとしてよりも、音の重なり合い、音のうねりとしてとらえられる。それに最高度に成功していると思った。

 新居さんのピアノを知ったのは2005年だったと思う。思えば、15年近く前のことになる。清潔で高貴な音のみずみずしい演奏をする若いピアニストだと思った。その後、多摩大学のゼミが企画するコンサートで新居さんに何度か演奏をお願いした。聴くごとに素晴らしいピアニストになるのを感じていた。ラヴェルの「ラ・ヴァルス」は華麗でダイナミックでまさに圧倒的だった。そして、今日聴いてみて、こんなことを言うのは、あまりにおこがましいが、本当にすごいピアニストになったものだと思った。少なくとも私は何度も魂を揺り動かされた。

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オペラ映像「血まみれの修道女」「青ひげ公の城」「人間の声」「ペレアスとメリザンド」

 十分に忙しいのだが、急ぎの原稿がないので、空いた時間にオペラ映像をみている。何本かみたので感想を書く。

 

グノー 「血まみれの修道女」 2018年 パリ、オペラ=コミック座

 グノーにこんなオペラがあるとは知らなかった。いわば、これはホラー・オペラ。

 血まみれの修道女の亡霊が出るという噂を利用して、ロドルフはアニエスと駆け落ちしようとするが、本物の亡霊が現れて、ロドルフは亡霊に取りつかれてしまう。亡霊から逃れる条件として、ロドルフは彼女を捨てて殺した男に復讐することを誓う。ところが、その男というのはロドルフの父親だった・・・。そんな話だ。

 あまり文学的なストーリーとは言えないが、とてもわかりやすい。グノーらしい美しい旋律にあふれており、恐怖をあおるようなドラマティックでスリリングな音楽もふんだんにある。

 ロドルフを歌うマイケル・スパイアーズは音程の良いしっかりした美声で歌う。修道女の亡霊を歌うマリオン・ルベーグもなかなかの迫力。凄味がある。アニエスのヴァニナ・サントーニはハリウッド映画のヒロインを演じても不思議でないほどの美貌で、声もしっかりしている。リュドルフ伯爵のジェローム・ブティリエもとてもいい。

 指揮はロランス・エキルベイ。ラ・フォル・ジュルネにも登場した女性指揮者だが、ドラマティックに音楽を作る。飽きさせない。

 いやあ、とってもおもしろかった! これはもっと上演されるべきオペラだと思う。

 

バルトーク「青ひげ公の城」 2015年 パリ、オペラ(ガルニエ宮)

 一般的な上演では、ふてぶてしく得体のしれない青ひげと、おびえるうぶなユディットの対話からなるオペラなのだが、今回の映像は、神経症的でおびえるかのような青ひげと挑発的で世慣れた雰囲気のユディットの対話という形をとっている。青ひげはユディットの強い態度に押し切られて仕方なしにドアを開けていく。面白い解釈だと思うが、やはり音楽と矛盾するような気がする。

 青ひげを歌うジョン・レライヤは声も美しく、演技も見事。素晴らしい。ユディットを歌うエカテリーナ・グバノヴァは、演出意図によるのだと思うが、気の強い姉御肌の風俗嬢といった雰囲気。だが、そうなると、どうも歌が魅力的に聞こえない。

 指揮はサロネン、演出はワルリコフスキ。鮮烈な演奏。鋭い音が響き、心の奥底をえぐる。

 とはいえ、この演出には少し無理があるような気がする。私にはあまり魅力的に聞こえてこなかった。

 

プーランク 「人間の声」  2015年 パリ、オペラ(ガルニエ宮)

「青ひげ公の城」の最後の場面に、「彼女」が現れて、そのまま途切れることなく、このモノオペラが開始される。

「彼女」を歌うのは、バーバラ・ハンニガン。指揮、演出ともに「青ひげ公の城」と同じサロネンとワルリコフスキ。

 私としてはこれも少々不満。いや、それはそれでとても良い上演だと思う。だが、これはプーランクのオペラとは別物だ。これではまるでシェーンベルク。フランス的というか、ジャン・コクトー的というか、パリジェンヌ的というか、そんな雰囲気がまったくない。女性は涙のためにアイシャドーの黒い筋が頬に数本、くっきりとついた顔で登場し、ウィスキーの瓶を口のみしながら、舞台上を動き回り、強い声で絶叫する。オーケストラも激しい音でもり上げる。しかも、腹を撃たれた血だらけの男が登場する。彼女が実は男を撃ったという設定らしい。

 プーランクのこのモノオペラは、電話で男と話をし、男に必死に縋り付こうとし、取り繕い、自分を抑えようとするが、それができずに我をなくして、ついに自殺を決意する様子が哀れで美しいのだが、この上演にはそれがない。ストレートに嘆きを歌い上げる。これではプーランクの魅力が台無しだと思う。

 

ドビュッシー 「ペレアスとメリザンド」 2016年 チューリッヒ歌劇場

 まずドミトリー・チェルニャコフの演出に驚く。ホテルだろうか。それとも精神病棟だろうか。それさえもよくわからない。高原の人里離れた清潔で洗練された現代的な建物の中で、ペレアスとメリザンドの不思議な物語が展開される。メリザンドは医師であるゴローの患者のようにも見える。城も塔も、そして髪を垂らす場面もない。いや、そもそもゴローはペレアスを殺さない。すべてが象徴として示される。行われているのは、ホテルあるいは病棟での不思議なやり取り。前半は淡々と進むが、後半、ゴローの嫉妬が爆発し、むしろゴローのほうが神経症的になっていく。

 メリザンドを歌うコリーヌ・ウィンタースの存在感が圧倒的だ。特異な美貌といってよいだろう。ちょっと東洋風の顔立ちだが、メリザンドにぴったり。まさに謎の女性に見える。歌も素晴らしい。ヴィブラートの少ない清澄な声で歌う。ゴローのカイル・ケテルセンも知的な歌が素晴らしい。ペレアスのジャック・インブライロもいいが、後半、少し疲れたように聞こえる。イニョルドを歌うダミアン・ゲーリッツという少年も含めて、容姿と歌の両方が全員そろっている。

 アラン・アルティノグリュの指揮は大いに気に入った。前半はぐっと抑制して、知的で淡々と演奏。後半、それをドラマティックに盛り上げていく。じりじりするような雰囲気が伝わる。

 ただ、演出については私の好みではなかった。この演出も謎めいており、象徴的ではあるが、これではまるですべてが神経症で済まされてしまい、嫉妬の感情が前面に押し出されてしまう。しかし、原作はもっと豊かでもっと魅力にあふれている。象徴の世界の中で宙づりにされたまま浮遊するような雰囲気がメーテルランクの台本にもドビュッシーの音楽にもある。それがこのオペラの最大の魅力だと思うが、この演出にはそれがない。これでは、かなり普通のオペラではないかと、私は思ってしまう。

 刺激的な上演ではあったし、演奏には惹かれたが、ちょっと嫌味を感じた。

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