音楽

オペラ映像「血まみれの修道女」「青ひげ公の城」「人間の声」「ペレアスとメリザンド」

 十分に忙しいのだが、急ぎの原稿がないので、空いた時間にオペラ映像をみている。何本かみたので感想を書く。

 

グノー 「血まみれの修道女」 2018年 パリ、オペラ=コミック座

 グノーにこんなオペラがあるとは知らなかった。いわば、これはホラー・オペラ。

 血まみれの修道女の亡霊が出るという噂を利用して、ロドルフはアニエスと駆け落ちしようとするが、本物の亡霊が現れて、ロドルフは亡霊に取りつかれてしまう。亡霊から逃れる条件として、ロドルフは彼女を捨てて殺した男に復讐することを誓う。ところが、その男というのはロドルフの父親だった・・・。そんな話だ。

 あまり文学的なストーリーとは言えないが、とてもわかりやすい。グノーらしい美しい旋律にあふれており、恐怖をあおるようなドラマティックでスリリングな音楽もふんだんにある。

 ロドルフを歌うマイケル・スパイアーズは音程の良いしっかりした美声で歌う。修道女の亡霊を歌うマリオン・ルベーグもなかなかの迫力。凄味がある。アニエスのヴァニナ・サントーニはハリウッド映画のヒロインを演じても不思議でないほどの美貌で、声もしっかりしている。リュドルフ伯爵のジェローム・ブティリエもとてもいい。

 指揮はロランス・エキルベイ。ラ・フォル・ジュルネにも登場した女性指揮者だが、ドラマティックに音楽を作る。飽きさせない。

 いやあ、とってもおもしろかった! これはもっと上演されるべきオペラだと思う。

 

バルトーク「青ひげ公の城」 2015年 パリ、オペラ(ガルニエ宮)

 一般的な上演では、ふてぶてしく得体のしれない青ひげと、おびえるうぶなユディットの対話からなるオペラなのだが、今回の映像は、神経症的でおびえるかのような青ひげと挑発的で世慣れた雰囲気のユディットの対話という形をとっている。青ひげはユディットの強い態度に押し切られて仕方なしにドアを開けていく。面白い解釈だと思うが、やはり音楽と矛盾するような気がする。

 青ひげを歌うジョン・レライヤは声も美しく、演技も見事。素晴らしい。ユディットを歌うエカテリーナ・グバノヴァは、演出意図によるのだと思うが、気の強い姉御肌の風俗嬢といった雰囲気。だが、そうなると、どうも歌が魅力的に聞こえない。

 指揮はサロネン、演出はワルリコフスキ。鮮烈な演奏。鋭い音が響き、心の奥底をえぐる。

 とはいえ、この演出には少し無理があるような気がする。私にはあまり魅力的に聞こえてこなかった。

 

プーランク 「人間の声」  2015年 パリ、オペラ(ガルニエ宮)

「青ひげ公の城」の最後の場面に、「彼女」が現れて、そのまま途切れることなく、このモノオペラが開始される。

「彼女」を歌うのは、バーバラ・ハンニガン。指揮、演出ともに「青ひげ公の城」と同じサロネンとワルリコフスキ。

 私としてはこれも少々不満。いや、それはそれでとても良い上演だと思う。だが、これはプーランクのオペラとは別物だ。これではまるでシェーンベルク。フランス的というか、ジャン・コクトー的というか、パリジェンヌ的というか、そんな雰囲気がまったくない。女性は涙のためにアイシャドーの黒い筋が頬に数本、くっきりとついた顔で登場し、ウィスキーの瓶を口のみしながら、舞台上を動き回り、強い声で絶叫する。オーケストラも激しい音でもり上げる。しかも、腹を撃たれた血だらけの男が登場する。彼女が実は男を撃ったという設定らしい。

 プーランクのこのモノオペラは、電話で男と話をし、男に必死に縋り付こうとし、取り繕い、自分を抑えようとするが、それができずに我をなくして、ついに自殺を決意する様子が哀れで美しいのだが、この上演にはそれがない。ストレートに嘆きを歌い上げる。これではプーランクの魅力が台無しだと思う。

 

ドビュッシー 「ペレアスとメリザンド」 2016年 チューリッヒ歌劇場

 まずドミトリー・チェルニャコフの演出に驚く。ホテルだろうか。それとも精神病棟だろうか。それさえもよくわからない。高原の人里離れた清潔で洗練された現代的な建物の中で、ペレアスとメリザンドの不思議な物語が展開される。メリザンドは医師であるゴローの患者のようにも見える。城も塔も、そして髪を垂らす場面もない。いや、そもそもゴローはペレアスを殺さない。すべてが象徴として示される。行われているのは、ホテルあるいは病棟での不思議なやり取り。前半は淡々と進むが、後半、ゴローの嫉妬が爆発し、むしろゴローのほうが神経症的になっていく。

 メリザンドを歌うコリーヌ・ウィンタースの存在感が圧倒的だ。特異な美貌といってよいだろう。ちょっと東洋風の顔立ちだが、メリザンドにぴったり。まさに謎の女性に見える。歌も素晴らしい。ヴィブラートの少ない清澄な声で歌う。ゴローのカイル・ケテルセンも知的な歌が素晴らしい。ペレアスのジャック・インブライロもいいが、後半、少し疲れたように聞こえる。イニョルドを歌うダミアン・ゲーリッツという少年も含めて、容姿と歌の両方が全員そろっている。

 アラン・アルティノグリュの指揮は大いに気に入った。前半はぐっと抑制して、知的で淡々と演奏。後半、それをドラマティックに盛り上げていく。じりじりするような雰囲気が伝わる。

 ただ、演出については私の好みではなかった。この演出も謎めいており、象徴的ではあるが、これではまるですべてが神経症で済まされてしまい、嫉妬の感情が前面に押し出されてしまう。しかし、原作はもっと豊かでもっと魅力にあふれている。象徴の世界の中で宙づりにされたまま浮遊するような雰囲気がメーテルランクの台本にもドビュッシーの音楽にもある。それがこのオペラの最大の魅力だと思うが、この演出にはそれがない。これでは、かなり普通のオペラではないかと、私は思ってしまう。

 刺激的な上演ではあったし、演奏には惹かれたが、ちょっと嫌味を感じた。

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新国立劇場「ドン・パスクワーレ」を楽しんだ

 2019年11月11日、新国立劇場で「ドン・パスクワーレ」を見た。とても楽しかった。

 やはり、ドン・パスクワーレを歌ったロベルト・スカンディウッツィがいい。まさに適役。自在に、芸達者に歌い、声も伸びている。演技も見事。愛すべき頑固者の雰囲気が出ている。マラテスタのビアジオ・ピッツーティも、はじめのうち少しだけ不安定だったが、すぐに良くなって、後半は自在な歌唱になった。エルネストのマキシム・ミロノフはきれいな声だが、あまりに線が細い。高音の音程も時々ふらついた。ノリーナを歌うのはハスミック・トロシャン。最初の予定ではドゥ・ニースということだったが、変更になったらしい。しかし、十分に美しい声で華麗に歌っていた。ノリーナにぴったりだった。

 指揮はコッラード・ロヴァーリス。手堅く中庸の指揮といえるだろう。もう少しやりようがあると思う。後半で盛り上がったが、前半、もたつき気味に聞こえた。もっと音楽を推進してほしいと思った。演出はステファノ・ヴィツィオーリ。装置の動き方、デザイン。歌手たちの動きなど、どれもとてもしゃれていて、楽しかった。後半、大いに笑い声が上がっていた。

 合唱は三澤洋史の合唱指揮による新国立劇場合唱団。とてもよかった。東京フィルハーモニー交響楽団は特に大きなミスはなかったと思うが、とても精妙な音とは言えなかった。

 全体的に、難はなくもないが、ともあれ要所要所ではおもしろさ、楽しさがうわまわって、見事なオペラが出来上がっていた。

 十分にオペラを堪能することができた。

 

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シフ ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の2日目 今日も興奮した!

 2019年11月8日、オペラシティ・コンサートホールで、アンドラーシュ・シフ ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の2日目、第1番・5番を聴いた。

 二日連続の名演奏! オーケストラは今日もまた昨日と同じようなしなやかな音を出す。しっとりと落ち着いているが、そうであるだけにフォルテになるとぐっと心の奥に響く。全体的に息があっており、まさに室内楽。これまで第1番の協奏曲はあまり面白いと思ったことがなかったが、いやはや第一楽章のカデンツァがすさまじい。第三楽章の躍動も心が躍るほど。素晴らしい曲ではないか。

「皇帝」も素晴らしかった。特に第1楽章の広がりと、第2楽章の叙情に圧倒された。オーケストラの規模も大 第5番「皇帝」も素晴らしかった。特に第1楽章の広がりと、第2楽章の叙情に圧倒された。オーケストラの規模も大きくなく、響きも室内楽的であるにもかかわらず、壮大に響く。こけおどしがなく、無意味に大きな音がするわけではない。だが、メリハリがあり、時にずしんと響く音があるために、精神的なスケールの大きさが感じられる。シフの音楽性に恐れ入る。そして、ピアノの音のなんという美しさ。研ぎ澄まされ、澄み渡り、しかも深みを感じる。ただ、第3楽章は、ちょっともたついて聞こえた。もしかしたら、私の気分の側に問題があったのかもしれないが。

 アンコールはピアノ協奏曲第4番の第2・3楽章。昨日聴いた曲だが、私は第2楽章については昨日よりも感動した。抒情が静かに燃えるのを感じた。第3楽章も昨日よりももっと心の高まりを覚えた。

 昨日と同じように、最後のピアノソロのアンコール。「テレーゼ」の第2・3楽章だった。チャーミングな曲なのだが、それがシフに手にかかると、抒情が広がり、心の奥底にある深淵が見えてくる。それにしても、なんという音の美しさ。

 心の底から満足のいく、感動の二日間だった。

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シフ ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の初日 興奮した!

 2019年11月7日、オペラシティ・コンサートホールで、アンドラーシュ・シフ ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の初日を聴いた。自ら創設したカペラ・アンドレア・バルカを指揮してのいわゆる「弾き振り」。曲目はベートーヴェンのピアノ協奏曲第234番。

 カペラ・アンドレア・バルカは、いわばシフの友人たちなのだと思う。ふだんはソリストとして活躍する演奏家たちが臨時に集まって演奏するらしい。かなり高齢の人々。平衡配置なのだが、コントラバスが1台ずつ右と左に分かれて配置されている。出てくる音は素晴らしい。しなやかで柔らかくて潤いがあって艶がある。まさに大人の味わい。

 シフのピアノの音も粒立ちが良く、しかもオーケストラ以上にしなやか。しかし、ここぞというところでは深く強い音がして、それが心の奥に響く。まったく誇張がなく、自然に流れていくが、深い情緒があり、ドラマがある。凄い!!

 第3番が圧倒的に素晴らしかった。この曲は、悲劇性を強調しすぎると不自然になる。が、それをしっかりと均整を取りながら、そこにベートーヴェンらしい魂の爆発を加えていく。第2楽章、第3楽章は圧巻。

 第4番もとてもよかったが、私は第3番のほうに感銘を受けた。第4番の第2楽章(私も最も好きな楽章だ)が私としてはもっと感動させてほしかった。ちょっと不発。

 アンコールで「皇帝」の第2楽章が始まったので、この楽章だけだと思っていたら、そのまま第3楽章に突入。最後まで演奏された。これもいたずらに華麗なのではなく、深みがあり、節度がありながら、徐々に爆発していく。素晴らしかった。

 そして、さすがにそれでおしまいかと思っていたら、そのあとシフ一人でピアノ曲のアンコール。ベートーヴェンのピアノソナタ第12番。第3楽章の葬送行進曲が始まったので、この楽章で終わりかと思っていたら、第4楽章まで演奏された。どなたかシフの親しい人が亡くなったのだろうか。その人のためのこのアンコールではないかと思った。

 興奮したまま帰途に就いた。明日の朝も忙しいし、明日もまたシフの演奏を聴くので、ブログを書くのはこのくらいにする。

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オペラ映像「さまよえるオランダ人」(初稿版)、「カヴァレリア・ルスティカーナ」「ヘリアーネの奇跡」

 猛烈に忙しい事情があるのだが、ともあれ締切間近の原稿はなくなった。多少の余裕をもって生活している。つまり、外で仕事をして自宅に帰った後、休む間もなく原稿を書く必要はなく、そこはテレビを見たり、音楽を聴いたりできるということだ。そんなわけで、オペラ映像を数本見たので、簡単な感想を書く。

 

ワーグナー「さまよえるオランダ人」初稿版(1841年)2015年 アン・デア・ウィーン劇場

 この上演での演奏はCDでは聴いていたが、映像は初めてみた。ミンコフスキの指揮らしくきびきびしてドラマティック。ワーグナー的な大きなうねりはないが、「オランダ人」にはこの演奏はぴったり。レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルの演奏も素晴らしい。まさしく嵐の音楽。聴き慣れたヴァージョンとはオーケストレーションがかなり異なる。

 歌手陣は充実している。オランダ人を歌うサミュエル・ユンがさすがの歌唱。伸びがあるし、安定感もある。ゼンタのインゲラ・ブリンベリもとても美しい声。ゼンタにしてはリリックすぎるが、初稿にはこの歌手のほうがあっているのかもしれない。ドナルド(ダーラントという名前ではない)のラルス・ヴォルトも俗人っぽさがでていておもしろい。ゲオルク(エリックという名前ではない)のベルナール・リヒターは高音が少し苦しいが、全体的には美しい声。

 オリヴィエ・ピイの演出は、ドナルドの船をアメリカのマフィア団のアジトに見立てたもので、見ててあきないが、そこに鋭い解釈があるとは思えない。

 全体的には、何はともあれ、素晴らしい演奏だと思った。

 

マスカーニ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」20192月 フィレンツェ五月祭劇場

 サントゥッツァを歌うアレクシア・ブルガリドゥがとてもいい。澄んだ声も歌唱も姿かたちもこの役にぴったり。美しすぎず、ちょっとくたびれていて、しかし心が優しく純真で十分に魅力的。なかなかこんなサンタはいない!

 トゥリッドゥのアンジェロ・ヴィラーリもとてもいいが、ちょっと後半苦しいところがある。アルフィオのデヴィッド・チェッコーニはこの役にふさわしく、まさに地域の親分。ルチアのエレーナ・ジリオ、ローラのマリーナ・オジーも役柄にぴったり。

 ヴァレーリオ・ガッリの指揮については、私は特に印象に残らなかった。ルイージ・ディ・ガンジとウーゴ・ジャコマッツィの演出は、田舎町というよりも小都市を感じさせるもの。現代とのつながりを強調したかったのだろうが、そうすると、「田舎の騎士道」というこのオペラの最大の魅力であり、このオペラのテーマであるものから離れてしまうのを感じた。

 

コルンゴルト 「ヘリアーネの奇跡」2018年 ベルリン・ドイツ・オペラ

 このオペラはCDを一度聴いたことがあるだけで、あらすじもほとんど把握していなかったので、今回初めてそこそこ理解してみたということになる。とても魅力的なオペラだ。「死の都」と雰囲気はよく似ている。シュトラウスの晩年のオペラを一層官能的にした感じ。オーケストラ・パートの音の重なりが実に美しい。

 ストーリーは、寓話っぽいのだが、何を言いたいのかよくわからない。「影のない女」のような雰囲気がある。要するに、異国の男と暴君の妃が惹かれあって、妃が死んだ男を蘇らせ、次に妃が死ぬが、今度は男が妃を蘇らせて、愛の大事さを訴える・・・とでもまとめられるあらすじだが、もちろん多様な解釈が成り立ちそう。

 ヘリアーネ役のサラ・ヤクビアクが魅力的な裸身を見せて見事に歌う。初めてこの歌手を知ったが、とてもいい歌手だと思う。声がきれいだし、強い声がいい。異国の男を歌うブライアン・ジャッジ、暴君を歌うヨーゼフ・ヴァーグナーがともに文句なし。特にヴァーグナーは妃の愛を得られぬ苦しみを説得力を持って演じている。

 そして、それにも増して、マルク・アルブレヒトの指揮、ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団の力演に圧倒される。力のある音のうねりが素晴らしい。

 演出はクリストフ・ロイ。全員が現代の服(スーツ姿)を着ている。もちろん意図的にそうしているのだろうが、死者を蘇らせたり、暴君が好き勝手に世界を動かしたりしているのだから、現代の服装は私には違和感が残る。時間も場所もわからないような舞台にするほうがすんなりと観客はオペラの世界に入れると思う。ロイが演出するのだから、そうはならないと分かったうえで言わせてもらえば、そもそもめったに上演されないオペラなのだから、まずはト書きに忠実であってほしいと思った。

 

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ドーリック弦楽四重奏団 とてもおもしろい演奏だったが、感動はしなかった

 2019年1031日、紀尾井ホールでドーリック弦楽四重奏団のコンサートを聴いた。曲目は前半にハイドン作曲弦賀寿四重奏曲第38番「冗談」とブリテン作曲の弦楽四重奏曲第3番、後半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番(大フーガ付き)。

 ドーリック弦楽四重奏団は初めて聴いた。女性二人が入って、男女二人ずつになったとのこと。

 親密な演奏というべきだろう。キアロスクーロ・カルテットを聴いたときに同じように感じたのを思い出した。繊細に小さく音楽を作る。ひそやかにささやくように。同質の音、完璧なアンサンブル。しなやかでまるでひそひそばなしのよう。楽しげに、冗談を言うように。息を合わせて語り合う。

 この3曲を同じような曲としてとらえているようだ。ちょっと冗談を言うように、息をひそめ、相手の顔を見合わせ、くすくすっと語る。親密な空間ができあがる。繊細で、心の奥にしみこむ。ブリテンの曲のおもしろさには息をのんだ。美しい。もの悲しい。あまりに繊細。

 ただ、これで大フーガを演奏されると、私としては少々物足りない。スケールが小さく、牙がなく、あまりに「草食系」。こんな第13番の弦楽四重奏曲を聴いたことがなかったので、とてもおもしろかったが、感動はしなかった。もっと牙のあるベートーヴェンに私は感動する。

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トリエステ・ヴェルディ歌劇場公演「椿姫」を楽しんだ

 20191028日、武蔵野市民文化会館でトリエステ・ヴェルディ歌劇場公演「椿姫」をみた。イタリアでの日常的なレベルの公演だと思う。十分に楽しめた。

 今年の来日公演ではランカトーレが歌うと聞いていたので、期待していたのだが、武蔵野では若手中心の公演だったのだと思う。ヴィオレッタを歌ったのはジェシカ・ヌッチオという歌手だった。容姿も見栄えがして、声もきれい。ただ、第1幕・第2幕は力み気味で声のコントロールが少し甘かった。第3幕で、重い病のヴィオレッタになってから、声が透明になって素晴らしかった。初めからこのくらい力を抜いて歌うほうがよかったと思った。

 アルフレードのジュリオ・ペッリグラとジェルモンのイタロ・プロフェリーシェも同じような感じ。若手なのだと思う。声はとてもきれいなのだが、ちょっと歌が堅かったり、コントロールがほんの少し甘かったり。要するに、超一流の一歩手前にいる歌手たちなのだろう。あと少しすると、だれもが知る大歌手になるのかもしれない。

 私はむしろ、オーケストラとジャンルカ・マルティネンギの指揮と合唱に、少し物足りなさを覚えた。かなり大味で、びしりと音が決まらない。オーケストラに関しては、弦はとてもきれいだと思ったが、木管楽器がちょっと繊細さに欠ける気がした。指揮については、もう少しドラマを盛り上げたり、情感をかきたてたりしてほしいと思った。演出はきわめてオーソドックス。今まで何度も見てきたのと大差ない舞台。もう少し工夫がほしいと思う。

 というように、世界の名舞台と比べると、少々物足りないレベルの公演だった。とはいえ、これがイタリア国民が日常的にみているレベルのオペラ公演なのだろう。これをこれくらいの料金でみられるのは、やはりとてもうれしい。

 ところで、実は、終演後、私は事務室に行って抗議をしたのだった。

 端の席に座った客が、通路に大きくはみ出して荷物を置いていた。通路の半分近くを荷物が占めていた。このホールは圧倒的に高齢者が多い。杖をついて歩く人、腰の曲がっている人、家族の手助けで歩く人が大勢にいる。もしかしたら80歳以上の客が数百人来ておられるのではないかと思う。それなのに、通路に荷物があってはとても危険だ。特に、暗いうちに歩いたりしてつまずいたら、大変なことになる。しかも段差があるので、勢いがついてしまう。

 私が自分で荷物を置いている客に注意しようかと思ったが、以前、同じようなことがあったとき、係の人に言うと、「私たちが注意しますので、お客様はそのままでいてください」と言われたのを思い出した。そこで、私は休憩時間にスタッフの方にその旨を報告して、危険なので荷物をどかすように注意してほしいと伝えた。その方は年上のスタッフの方と相談していたようだったが、結局、そのままになって、最後まで荷物は置かれたままだった。

 私はこれは非常に危険だと思う。放置した人の危機管理を疑う。私はすぐ後ろの席だったので、注意してみていたが、何人もが迷惑そうに歩いていた。が、迷惑なだけならまだいい。これは危険なのだ。お年寄りがつまずいたりしたら大変なことになる。そのことを事務室に伝え、改善をお願いしたのだった。二度とこのようなことがないように願う。客の安全には細心の注意をしていただきたい。

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カザルス弦楽四重奏団 あまりにスペイン的(?)なイントネーションのベートーヴェン

 20191025日、JTアートホール アフィニスでカザルス弦楽四重奏団の演奏を聴いた。

 曲目は、前半にハイドの弦楽四重奏曲第38番「冗談」とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第6番、後半にモーツァルトの弦楽四重奏曲第22番「プロシャ王第2番」とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」。

 カザルス弦楽四重奏団が話題になっていることはもちろんよく知っていたが、私は今回、初めてこの団体を聴く。ハイドンが始まったとき、新鮮な音響にはっとした。独特の節回しだと思う。よい譬えではないが、まるでエサの周りに動物たちがよりあつまってついばんでいるような雰囲気。生き生きとして躍動がある。そして、すっとエサが終わって静まるが、また次のえさが出てくると、動物たちがまた集まって生の躍動が始まる。私はそんな風に感じた。

 ただ、はじめはとても面白いと思ったが、聴き進むうち、ずっと同じような音楽のつくりなので、ちょっと飽きてきた。

 ベートーヴェンが始まって、ますます違和感が高まった。これまで聴いてきたベートーヴェンの演奏とあまりに違う。鮮烈といえば鮮烈なのだが、私は居心地の悪さを感じる。メリハリのつけ方が異なる。メリハリのつけ方、「イントネーション」とでもいうか。構成感が希薄で、部分部分が集中的に盛り上がる。しばらくして、きっとこれは「スペイン風」なのだと思った。力み方、音楽のうねりがスペイン風な気がする。

 ベートーヴェンの「セリオーソ」に特にそれを感じた。アンサンブルは美しい。ちょっと古楽風の音響も見事。だが、私にはしばしば意味なく盛り上がっているように聞こえる。

 アンコールでファリャの「三角帽子」の一部が演奏された。まさにスペイン曲なのだが、ベートーヴェンで感じたのと同じイントネーション! やはりスペイン的イントネーションだったんだと納得。

 私の好きな演奏ではなかった。聴いているだけで、妙に疲れた。いちいち力まずに、もっと全体の構成を考えてほしいと思った。

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波多野睦美+大萩康司 「スカボロー・フェア~歌とギターでおくる映画音楽」 澄んだ歌声

 20191023日、和光大学ポプリホール鶴川で「スカボロー・フェア~歌とギターでおくる映画音楽」を聴いた。

 メゾ・ソプラノの波多野睦美の名前はかなり前から知っていた。ヘンデルのオペラなどを何度か聴いて、素晴らしい歌手だと思っていた。ところがふとしたことで、この方が私の卒業した大分上野丘高校の後輩だと知った。坊主頭を強制され、ブラック校則でがんじがらめにされ受験競争を強制される大嫌いな高校だったが、後輩に対しては思い入れがある。聴く機会はないかと探していたら、このコンサートを見つけた。伴奏は大萩康司のギター。

 私は基本的に映画音楽は聴かないが、前半の「ムーン・リバー」や「スカボロー・フェア」「サマータイム」「マルセリーノの歌」など、私にはとても懐かしい曲のオンパレードだった。私が好きだったのはイタリア、フランスの映画だったが、もちろん私は演劇科映画専攻なので、映画はたくさんみている。ここで取り上げられた映画はすべてみた覚えがある。

 なんと美しい声。ヴィブラートの少ない澄んだ声で、音程がとてもいい。弱音が美しく、音を長くのばしても音程の揺れがなく、静かに消えていく。そのため、言葉がじかに聞き取れる。私はワーグナー、シュトラウス好きなので、この種の声をあまり聴かないのだが、私の知る限りでは、エマ・カークビーの声と歌唱に似ている。日本人の歌でこれほど澄んだ声を聴いた覚えがないほど。

 ギターもとても繊細で抒情的。それが古い時代の音楽にぴったりとマッチしている。ソロで「愛のロマンス」(要するに「禁じられた遊び」)が演奏されたが、ゆっくりと繊細に演奏され、独特の雰囲気が描き出される。

 後半はシェークスピアにかかわる音楽や同時代のダウランドの曲を中心に組み立てられたプログラムだった。英語によるシェークスピアの朗読を交えての音楽。波多野さんの歌が言葉の延長線上、詩の延長線上にあること、そして波多野さんがどれほど言葉を大切にしているかがよくわかる。さすがに、英語の発音も日本語の発音もとても美しい。アンコールの最後は「カルメン」の「ハバネラ」だったが、フランス語もとてもきれいな発音。

 ただちょっと、「サマータイム」とアンコールの「ハバネラ」が美しすぎるし、さわやかすぎる。もちろん、意識したうえでさわやかに歌っているのだと思うが、もう少しアク強く歌ってくれるほうが私の趣味ではある。そして、これらの曲よりも、もっとダウランドやパーセルの歌を歌ってほしいと思った。

 高校の先輩として言うのではない。間違いなく、素晴らしい演奏だった。日本にもエマ・カークビーのような歌手がいたんだ!と思った。

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全日本オペラネットワークによる全国オペラminiフォーラム 三枝成彰オペラに感銘

 20191022日、天皇即位の日。私は川口市のリリアホール大会議室で全日本オペラネットワークによる全国オペラminiフォーラムに参加した。私もこの会員の一人。

 午前中は、杉理一氏の解説によって世界的な大歌手の秘蔵映像をみた。

 往年のイタリアオペラの大歌手たちの歌に圧倒された。私は50年前からのオペラ・ファンだが、ドイツ系のオペラが好きで、イタリアオペラにはまったく触れなかった。2000年以前にはイタリア物の実演はほとんど聴いたことがない。だが、これらの歌手たちの歌は本当にすごい。カラス、スコット、カバリエ、ノーマン(ドイツ物を得意としてので、もちろん何度も実演を聴いた)、バルツァ、ベルガンサ、ボニソルリ、パヴァロッティ、ドミンゴ、ディ・ステファーノ、ギャウロフ。

 杉さんの功績にも改めて驚く。NHKの職員としてイタリアオペラを日本人に伝え、日本のオペラ創作にも尽力し、退職後もオペラ製作・演出を精力的になさっておられる。

 午後には作曲家の三枝成彰氏においでいただいての特別講演。「忠臣蔵」「Jr.バタフライ」「KAMIKAZEー神風」などの三枝さんのオペラの映像を見ながら、その制作秘話をきいた。

 私は三枝オペラのファンなので、かなりのオペラの実演を見ているし、映像も見ている。が、改めて見ると、やはり本当に素晴らしい。調性にこだわる三枝さんの姿勢にも共感する。

 確かに、人間の真実は予定調和のない不安定の世界だろう。そうした真実を描くには無調がふさわしい。しかし、すべてのオペラが人間の真実を真正面から描く必要はない。からめ手で真実を描くのでもいい。真実からかけ離れた夢をオペラとして描くのでもいいはずだ。だったら、すべての現代オペラが無調である必要はない。当たり前のことだと思う。それを堂々と三枝さんは実行なさっている。しかも、自分で資金を集め、自分で制作までしている。

 音楽としても本当に見事。「忠臣蔵」の武士たちの合唱は何度聴いても感動する。ただ実は、「KAMIKAZEー神風」の涙っぽいところは私の趣味ではないのだが。

 どうすればウケるオペラが書けるかもちょこちょこと、笑いにまぎらせながら教えてくれた。高尚な、一部の人だけに好まれる音楽ではなく、多くの人にウケるオペラを書こうという姿勢こそが、実は尊いと思う。シュトラウスもまさにそうだった!

 私は三枝さんの最新作「狂おしき真夏の一日」は大傑作だと思う。三枝+林真理子の喜劇第二弾をみたい! 

 

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