音楽

最近見たオペラ映像「アルミーダ」「恋愛禁制」「後宮からの誘拐」

 年度末になり、大学の授業も終わり、様々の行事もほぼ終わって、やっと時間的余裕ができた。いくつかオペラ映像をみたので感想を記す。

 

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ロッシーニ 「アルミーダ」201511月 フラーンデレン歌劇場

 先ごろ、アルベルト・ゼッダが亡くなった。つい昨年の12月に東京で『テーティとペレーオの結婚』を指揮したばかり。残念ながら、この日の演奏は聴かなかったが、NHKの放映をみた。89歳にしては驚くほど元気に見える。

 そのゼッダが一昨年指揮したロッシーニの初期のオペラ。METのルネ・フレミングがタイトルロールを歌った映像を見たことがある。METのものに匹敵するほど素晴らしい。

 アルミーダを歌うカルメン・ロメウがまさしく体当たりの歌と演技。第一幕では少し不安定に聞こえたが、それ以降は尻上がりによくなって美しく妖艶で恐ろしいアルミーダを歌う。最終幕は息をのむほどの迫力。リナルドを歌うエネア・スカラも伸びのある声と見事な容姿。

ジェルナンドとウバルドの二役を歌うロバート・マクファーソンの声が少しかすれ気味だが、全体的にはきれいな声。ゴッフレードとカルロを歌うダリオ・シュムンク、イドラオテとアスタロッテと歌うレオナルド・ベルナードもみごと。

そして、なによりゼッタの指揮にメリハリがあり、ドラマティックでとてもいい。演出はマリアーメ・クレメント。戦場の英雄を競技場の英雄に置き換えての演出であって、古代の魔女の話ではなくなっている。競技場の英雄が色香に迷って練習を怠っていたが、また頑張り始めた・・・といった雰囲気の物語になっていて、ちょっと拍子抜け。

 

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ワーグナー 「恋愛禁制」 2016年 マドリード王立歌劇場

 ワーグナーの最初のオペラ「恋愛禁制」をはじめてみたのは、20年近く前、東京オペラプロデュースによる上演だったと思う。なかなかおもしろいと思った記憶がある。場面はシチリア。恋愛を禁止した権力者をみんなで痛めつける話。

 何も知らずに聞いたら、ワーグナーの影響を受けてドニゼッティがドイツ語で作った、あまり成功しなかったオペラ?・・・とでも思いそう。ちょっとワーグナーっぽい。ライトモティーフらしい手法も使われる。ワーグナーのオペラのどこかで聴いた記憶のあるメロディや和音も時々あらわれる。ドニゼッティの名作といえないオペラと同じくらいに楽しめる。

 イザベラのマヌエラ・ウール、フリードリヒのクリストファー・マルトマン、ルチオのペーター・ロダール、クラウディオのイルカー・アルジャユィレクなど、歌手はそろっている。歌だけ聴くと少々不満かもしれないが、みんな容姿がいいし、演技もうまいので、映像で見ると満足できる。

 演出はカスパー・ホルテン。喜劇性を表に出し、色鮮やかでにぎやかな舞台になっている。カーニバルの場面では、わいわいがやがやととても楽しい。わかりやすくて、楽しくて、人物をうまく描いている。ホルテンの演出は、コペンハーゲンの「リング」をはじめいくつか見た記憶があるが、いずれも素晴らしかった。とてもいい演出家だと思う。

指揮はアイヴァー・ボルトン。ザルツブルク音楽祭でも何度かこの人の演奏を聴いた。地味な雰囲気だが、しっかりしたドラマティックな音楽を作る指揮者だ。とても楽しく聴けた。

 

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モーツァルト 「後宮からの誘拐」1980年 バイエルン国立歌劇場

 昨年、グルベローヴァ来日の際、まだ見たことのないグルベローヴァのDVDを探している際にこのオペラを見つけて購入していたが、そのままになっていた。指揮はベーム。ベルモンテのフランシスコ・アライサ、オスミンのマルッティ・タルヴェラ、ブロンデのレリ・グリストなど、70年代、80年代のオペラに親しんだ人間には実に懐かしい顔ぶれ。

ただ、今聴くと、アライサとグリストはちょっと不安定。ペドリッロ役のノルベルト・オルトも弱い。しかし、タルヴェラは堂々たる声でさすが。やはり圧倒的なのは、グルベローヴァ。若々しく張りのある声で、コロラトゥーラに輝きがある。一人だけ図抜けている。

演出はアウグスト・エファーディング。現代からすると、あまりに何事もない。ベームの指揮については、冒頭部分は軽やかでしなやかで素晴らしいが、後の法で少しもたついている部分を感じた。とはいえ、オーケストラの演奏は全体的にとても満足。

 

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METライブビューイング「ルサルカ」 まるでワーグナーのようにドラマティック

東銀座の東劇でMETライブビューイング「ルサルカ」をみた。あっと驚く演奏と演出だった。私の考えている「ルサルカ」とかなり異なっていたので初めは戸惑ったが、最終的には納得し、大いに感動した。

まずマーク・エルダーの指揮によるオーケストラの音に驚いた。私のこれまで聴いてきたメルヘンっぽい音楽ではなく、濃厚なロマンティシズムを感じさせる。インタビューでエルダー自身が語っていたが、まさにワーグナーの影響の強さを感じさせる音楽。ドラマティックで鋭利でもある。しかも、メアリー・ジマーマンによって進んでいくストーリーは、愛に一途ではあるが、愛する人を死へと引きずり込む魔性の女の物語でもある。私の「ルサルカ」のイメージが大きく転換させられた。

ルサルカを歌うのはクリスティーヌ・オポライス。数年前にメトロポリタン歌劇場のライブビューオングで見たルネ・フレミングの歌うのとはまったく異なって、激しさ、暗さを表に出したドラマティックな歌唱。まるでサロメかクンドリのような雰囲気。声、そして声の表現力に加えて演技も見事、容姿もあまりに美しい。王子のブランドン・ジョバノビッチも見事な声。オポライスに匹敵する。

イェジババのジェイミー・バートンもヴォドニクのエリック・オーウェンズもエネルギッシュで凄みを感じさせる歌唱。そしてなにより外国の王女カタリーナ・ダライマンがとてつもない声を聴かせてくれる。現代考えられる最高の布陣だろう。妖精たちを含めて、登場する歌手全員が見事に歌い、見事に演じる。そして、ダンサーなどの黙役も最高のパフォーマンス。森の中も城の中も舞台装置も存在感があり、色彩的にも芸術そのもの。

第三幕は感動に震えた。ルサルカは王子を死へといざなう。まるでトリスタンとイゾルデ。指揮のエルダーも演出のジマーマンも間違いなくそれを意識していただろう。死の中で結実する愛を歌い上げる。しかも、それは幸せな未来を歌うのではなく、暗い情念、現実の生からあふれ出る激しい生を含んでいる。ルサルカと王子の歌唱は素晴らしかった。

なるほど、このオペラをそう捉えることもできる。このような解釈を、贅沢な舞台装置を使って楽しいパフォーマンスにしてしまう演出家、演奏家の力量、そしてメトロポリタン歌劇場の実力に感服した。

「ルサルカ」はかなり好きなオペラだ。30年以上前、ルチア・ポップの歌うアリア集のCDで「月に寄せる歌」を知って、その後、全曲盤CDも何組か購入、プラハ国立歌劇場(だったかな?)の日本公演もみたし、新国立劇場での公演もみた。が、モーツァルトの「魔笛」やヤナーチェクの「利口な女狐の物語」をみるときと同じような「わからなさ」を常に感じてきた。私の頭の中でストーリーがうまく整理できない。それぞれの人物が何を狙っているのか掴めない。場面のいくつかに整合性がないように思える。ルサルカの歌う「月に寄せる歌」と父ヴォドニクが第二幕歌うアリアのメロディがあまりに似ているのも不思議な気がする。不思議なところだらけのオペラだった。

 今回、ライブビューイングをみて、ヒントをもらった気がする。ただまだよくわからない。もう一度、対訳をよく読んで、私なりに整理してみたい。

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新国立「ルチア」 オルガ・ペレチャッコにただただ驚嘆

2017318日、新国立劇場で「ルチア」をみた。とてつもないルチアだった。声の饗宴に圧倒された。

 ルチアを歌うオルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(ちょっと前まで、単にオルガ・ペレチャッコと呼ばれていたと思うが、今回、名前のうしろに「=マリオッティ」が加わっている!)がものすごい。前半は抑え気味だったと思う。少しも声を張り上げない。だが、それでも美声がビンビンと響きわたる。音程が完璧で、声のコントロールも素晴らしい。清らかで繊細で知的な歌いまわし。

 私はこの人の「四つの最後の歌」をフランスのナントでのラ・フォル・ジュルネで聴いた記憶がある。2011年のことだ。その時、初めてペレチャッコの名前を知り、その力量に驚いたのだった。あれから6年。押しも押されもしない大歌手になっていた! 狂乱の場などただただ圧倒され、驚嘆して聴くばかりだった。狂乱の場に入る少し前だったと思うが、2回ほど声のかすれが聞き取れたので少し心配したが、最後まで見事な声で歌い切った。すごい!

 エドガルドのイスマエル・ジョルディも素晴らしい声。エンリーコのアルトゥール・ルチンスキーもそれに全く劣らない。主役格の三人の外国人歌手は世界最高といえるのではないか。これ以上の「ルチア」は世界でもなかなか聞けないだろうと思った。

 日本人歌手たち(ライモンドの妻屋秀和、アルトゥーロの小原啓楼、アリーサの小林由佳、ノルマンノの菅野敦)も健闘していたが、三人の外国人歌手に比べると、やはりかなり分が悪い。それほどまでに三人、とりわけオルガ・ペレチャッコ=マリオッティは圧倒的だった。

 オケは東京フィルハーモニー交響楽団、指揮はジャンパオロ・ビザンティ。手堅くまとめている様子。東フィルもとても素晴らしかった。第一幕では少し歌と合っていないところがあったが、その後、どんどんと調子を上げてきた。演出はジャン=ルイ・グリンダ。CGを使ったきれいな舞台だった。ルチアはアルトゥーロを殺した後、その生首を槍にさして登場。ここまで血なまぐさい演出は初めてみた気がする。

 狂乱の場でふだんはフルートで演奏されるルチアの伴奏をグラスハーモニカ(というか、正確にはヴェロフォンというらしい)で演奏された。音程が不安定で、いかにも狂気じみている。

 オルガ・ペレチャッコ=マリオッティの繊細な美声が今も耳に残っている。

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エリシュカ+札響のブラームス 感動に震えた

 2017314日、東京芸術劇場で札幌交響楽団東京公演を聴いた。指揮はラドミル・エリシュカ・曲目は、前半にメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」とシューベルトの交響曲第5番、後半にブラームスの交響曲第1番。

 エリシュカは大好きな指揮者の一人だ。以前から札響との名演奏の様子を伝え聞いていたが、2010年に東京フィルとの演奏による「新世界」を聴いて驚嘆。それ以来、東京公演はできるだけ聴くことにしている。今回も予想にたがわぬ素晴らしい演奏。何度も何度も感動した。

 きわめてオーソドックスな解釈だと思う。遅めのテンポでじっくりとしっかりと鳴らしていく。地に着いた音。本物だけが持つ響きとでもいうか。札響の音も実に美しい。弦楽器も美しいし、オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴットがとてもいい。あわてず騒がずに音楽が展開され、渋くてロマンティックで暖かくて芯の強い響きが広がっていく。

「フィンガルの洞窟」が始まった時、あまりにじっくりとした足取りだったので、メンデルスゾーンらしくなかった。エリシュカのメンデルスゾーンを聞くのは初めてだったので、もしかしたらエリシュカはメンデルスゾーンには向いていないのかと思った。だが、聴き進むうちに納得する。地道でしっかりした足取りのメンデルスゾーンがあってもいい。これも確かにメンデルスゾーンだと思える。タメを作ってスケール大きく演奏するが、それがこけおどしに聞こえない。シューベルトの第5番も一歩一歩確かめるような演奏。確かに若々しさはないが心に染み入る。

 やはりブラームスが圧倒的に素晴らしかった。スケールが大きく、広がりがある。ホルンから何度か妙な音が聞こえたのが気になったが、全体的には札響の音の美しさに改めて驚いた。しなやかで深い音。エリシュカの出したい音を出している。とりわけ第4楽章は圧巻。感動に震えた。

 アンコールはドヴォルザークの「ユモレスク」。アンコールだからということだろう、表情を強調してメリハリをつけた演奏。だが、音がしっとりしているので、少しも大袈裟にならないところがさすが。

 エリシュカは巨匠だと思う。本当に良い音楽を聴かせてもらった。

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風の丘HALL「マノン・レスコー」 かなり感動してしまった・・・

 2017312日、千葉市にある風の丘HALLで、「マノン・レスコー」をみた。素晴らしい上演だった。

 風の丘HALL85席のオペラ劇場で、ピアノ伴奏ながら、日本最高レベルのオペラ公演を続けている。今回もこれまで同様の高いレベル。これだけのレベルを毎回続けることはまさしく驚異だと思う。

 何を隠そう、私はかなりのプッチーニ嫌いだ。だから、このオペラもこれまで一度もきちんと見たことも聴いたこともない(何度か録音を聴き始めたり、映像を見始めたりしたことはあるが、いつも途中でやめてきた)。今回も楽しめないのではないかと少々心配だった。が、見ているうちにぐいぐいと引き込まれていった。

 デ・グリューの上本訓久は素晴らしく張りのある声。第3幕は圧巻だった。マノン・レスコーは平野雅世。弱音を上手に使って迫力ある歌唱。レスコーの飯田裕之はドスの効いた深い声で、憎たらしい遊び人を上手に演じていた。ジェロンテの松山いくおは歌も見事だし、演技者としても超一流。エドモンドの笹岡慎一郎、旅籠の主人の小幡淳平も安定している。小さい劇場なのだから、こんなに声の威力にものを言わせようとしなくてもよかろうと思わないでもないが、ともかく力演が続く。第三幕の娼婦の名前が読み上げられながら歌われる四重唱はとりわけ素晴らしかった。

ピアニスト伴奏は村上尊志。聴いているうち、私が嫌いなのはプッチーニのオーケストレーションであることを確認した。つまり、ピアノ伴奏だと、それほど気にならない。ただ、私には演奏について語る資格はない。

演出は三浦安浩。このオペラについて私はほとんど何も知らないので、ただ感心してみていただけだった。舞台背景に女性の写真が並べられているので何かと思っていたら、第三幕で登場する娼婦たちという設定だった。その中に一枚だけ、現代の女性ではない彫像のような写真が紛れ込んでいた。もしかしてマグダラのマリア? マノンを現代のマグダラのマリアにみたてているということだろう。愛を貫き、何度か裏切りながらも最後には若い時代のデ・グリューへの愛に殉じた聖女ということなのか。マノンはしばしば手鏡を見る。そこに青春の輝きをみるかのように。

あろうことか、このプッチーニ嫌いの私が、第三幕以降は感動し、夢中になってみた。プッチーニ嫌いでなければ、きっともっと感動したのだろう。

とはいえ、やはりプッチーニには納得できないところがたくさんある。音楽によって情緒に訴えかけられる気がして私としてはどうも居心地がよくない。それに台本にも大きな欠陥がある気がする。かなり感動しながらも、きっと私がプッチーニ好きになることはなさそうだとは改めて思った。

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松尾俊介 ギターによる超名曲リサイタル 繊細な素晴らしい音楽と軽妙なトーク

2017310日、中野区の西武新宿線沿線にある野方区民ホールで松尾俊介ギター・リサイタルを聴いた。野方WISフライデー・コンサートの一環。超名曲選とのことで、有名曲のオンパレード。素晴らしかったし、とても楽しかった。

 私はギターをほとんど聴かない。縁あって、多摩大学樋口ゼミのコンサート活動でギターの演奏をお願いすることになって松尾さんを知った。同時に、ギターの魅力も知った。その素晴らしい技巧と繊細で知的な音楽づくりに魅せられて、それ以来、樋口ゼミで合計4回、演奏をお願いした。松尾さんのギター・リサイタルにも何度か出かけた。

 最初の曲はダウランドの「涙のパヴァーヌ」。この出だしから、繊細な松尾さんのギターの世界に引き込まれた。松尾さんはトークの愉快な若い関西人なのだが、奏でる音楽は実に繊細で知的。奇跡の指とでもいいたくなる。人生そのものを感じさせるようなしなやかでやさしくて美しい音が出てくる。アルベニスの「アストゥリアス」、タレガの「アルハンブラの想い出」、バッハの「シャコンヌ」、メルツの「ハンガリー風幻想曲作品65-1」。超絶技巧も、ひけらかすのでなく内面の思いが外に開放されるのを感じる。強い音、激しい音も我を忘れるのでなく、知的に内面を通した音楽になっている。

 後半は武満徹編曲による「早春譜」から始まった。松尾さんは武満にぴったりだと改めて思った。俗っぽい曲も武満編曲になると独特の陰りとやさしさと細やかさをもつ。それを松尾さんのギターは完全に再現してくれる。

 ポンセの「スケルツィーノ・メヒカーノ」、ディアンスの「サウダージ 第3番、第2番」やジョビン作曲ディアンス編曲の「フェルシダージ」も素晴らしかったが、やはり私は最後の2曲ビジョルド作曲ディアンス編曲の「エル・チョクロ」とディアンスの「タンゴ・アン・スカイ」に大いに感動した。松尾さんの「タンゴ・アン・スカイ」を聴くのは確か3度目だが本当に素晴らしい。心の思いを音楽にしているのがよくわかる。

 アンコールの最後にこれぞ定番の「禁じられた遊び」。聴衆には高齢の方もかなりおられた(若い方も多かった。うれしいことだ!)、この世代のほとんどはこの曲でギターの魅力を知ったはずだ。ただ、残念ながら、アンコールの途中から、おそらく誰かの補聴器が耳から外れのだろう、私のすぐ後ろで電子音が響き始めて、私としてはかなり気になった。

 とはいえ、トークもおもしろく、笑いが起こり、音楽的にも素晴らしいコンサートだった。

 私は1970年の3月末から8月までの5か月間ほど、西武新宿線沿線の沼袋近くの寮に住んでいた。父の勤め先に関係のある寮だったが、共同生活になじめずにすぐにそこを出て一人暮らしを始めたのだった。野方は沼袋の隣駅。もちろん45年前とは何もかも違っている。が、昔と似た雰囲気は残っている。久しぶりに西武新宿線の雰囲気を味わった。懐かしい思いを抱きながら自宅に帰った。

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METライブビューイング「ロメオとジュリエット」 ダムラウとグリゴーロのすごさ!

 東銀座の東劇でMET(ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場)ライブビューイング、グノー作曲の「ロメオとジュリエット」をみた。後半はとりわけドラマティックに、そしてロマンティックに盛り上がって圧巻だった。

 なにしろジュリエットを歌うディアナ・ダムラウとロメオのヴィットーリオ・グリゴーロが圧倒的。ダムラウの機敏な動きは、幕間に語られていた、まさしく14歳の少女に見える。まっすぐで活動的で多感な女の子。強靭な美声はすさまじい。なるほど、このような強い声のジュリエットもとても説得力がある。私はこの人の実演は、日本公演の「ルチア」しか見ていないが、あの時も驚いたが、改めて驚嘆。グリゴーロも熱血で後先を忘れる少年に見える。もちろんダムラウに引けを取らないしっかりと伸びる声。ロメオに見える。

 指揮はジャナンドレア・ノセダ。第5幕はワーグナー的ともいえる噎せ返るような官能とドラマティックな盛り上がりを聞かせてくれた。しばらく魂がしびれた。

 バートレット・シャーによる演出もとてもおもしろかった。オペラの「芝居」とは思えない。グリゴーロを含めて、すべての登場人物の剣さばきがオペラの中のものとは思えないリアリティ。群衆の動き、人物造形などに目が行き届いている。ただ、オペラ演出家ではなく、演劇の演出家ということで、音楽に対する踏み込みは感じられなかった。そして、マキューシオや小姓ステファーノなどのモンタギュー家とキャピュレット家の人々の配役について容姿と演技力を重視したのか、音楽的にはMETにしては少々物足りなさを感じた。

 このところ忙しくて、しばらくMETライブビューイングをみに行く時間が取れなかった。久しぶりに見ると、やはり素晴らしい。世界最高の図抜けた歌手たちが、豪華でわかりやすくてドラマティックな演出によって最高の歌唱を聞かせてくれる。これを毎回続けるのはMET以外にないだろう。

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エルデーディ弦楽四重奏団のブラームスとベートーヴェンは私の好みからかけ離れていた

 2017219日、第一生命ホール でエルデーディ弦楽四重奏団コンサートを聴いた。曲目はブラームスの弦楽四重奏曲第2番、後半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13 「大フーガ付」。かなり前のことになるが、桐山建志さんのヴァイオリンをきいてとても感銘を受けた記憶がある。今回、桐山さんがヴィオラ・パートを務めるエルデーディ弦楽四重奏団が「大フーガ」を演奏するとあって、楽しみにして足を運んだ。

 だが、残念ながら、私には最も受け入れがたいタイプのブラームスとベートーヴェンだった。ブラームスが始まった時、あまりに緊張感がないので、意図的にそのようにして、徐々に盛り上げようとしているのかと思っていたら、ますます緊張感がなくなっていった。私にはただ合わせただけに聞こえる。きれいに合ってはいるが、それ以上のものを少なくとも私は感じない。もし、今日初めてブラームスの室内楽を聴いた人がいたとしたら、ブラームスは何と退屈なんだと思ったに違いない。私は大いに退屈した。

 ベートーヴェンはブラームスよりもよかったが、13番の弦楽四重奏曲がこれでは、ちょっと辛い。覇気のない、予定調和的なベートーヴェン。大フーガが普通の音楽に聞こえる。あえて牙をなくし、やさしく穏やかにしているのだろうか。あるいはほかに何らかの意図があるのだろうか。私には理解できなかった。何も起こることなく、起伏もなく、もちろんベートーヴェンの晩年の境地といえるようなものを感じることもなく、終わってしまった。

 それにしても、昨日に続いて今日も客が少ない。

 2日連続で、私の好みからかけ離れた音楽を聴いてしまった。

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鈴木雅明+シティフィルのベートーヴェンとバルトークは、よくわからないまま終わってしまった

 2017218日、東京オペラシティコンサートホールで、東京シティフィルの定期演奏会を聴いた。指揮は鈴木雅明。曲目はウェーベルンの「パッサカリア」作品1とベートーヴェンの交響曲第4番、後半にバルトークの「管弦楽のための協奏曲」。

 鈴木雅明の指揮はこれまでバッハ・コレギウム・ジャパンによるバロック音楽しか聴いたことがなかった。先日、鈴木指揮のベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」のコンサートに行きたいと思っていたが、日程が合わなかった。今回、私の大好きなベートーヴェンの第4番がプログラムに含まれているし、以前、飯守泰次郎指揮のブルックナーやワーグナーの演奏で何度も感動させてもらったシティフィルなので、楽しみにして足を運んだ

 ウェーベルンはとてもおもしろかった。ロマンティックな演奏であることに驚いた。短い主題が変奏されていく手際が見事だと思った。

だが、その後のベートーヴェンに関しては、残念ながら私には鈴木さんが何をしたいのかよくわからなかった。バッハ演奏ではあれほどビシッと決まるリズムが、ベートーヴェンになると少し不安定に私には聞こえる。曲想の変化もオケが十分についていっていないように感じる。とりわけ第三楽章以降はバタバタしているように思えた。私の好きな第4番の醍醐味を味わうことができなかった。

 バルトークについても、私にはそれぞれの楽章の意図が読み取れなかった。曲想をどのように性格づけるかもう少し明確にしてくれないと、私のようなバルトークを特に贔屓にしているわけではない人間としては途方に暮れてしまう。結局、よくわからないまま終わってしまった感がある。

 今日の感想としては、大変残念ながら、鈴木雅明指揮ベートーヴェンとバルトークはバッハほど素晴らしくなかった・・・ということになる。

 それにしても、客の入りが悪かった。魅力的なプログラムだと思ったのだが、そう思う人は多くはないのだろうか。

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「パリの生活」「美しきエレーヌ」「マノン」「イギリス女王エリザベス」の映像

 この数週間で見たオペラ映像の感想を書く。

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オッフェンバック 「パリの生活」200712-20081月、リヨン歌劇場

 実に楽しい映像。オッフェンバックの愉快で明るい音楽が次々と続く。セバスティアン・ルーラン指揮による演奏もとても良いし、歌手たちのレベルも非常に高い。容姿の面でも演技の面でも、そして衣装や背景の色彩面でも最高度に楽しめる。そして、なによりもローラン・ペリーの演出が驚異的。たくさんのダンサーが登場し、音楽に合わせて様々な動きがなされる。おしゃれでセンスがよく、最初から最後までにやにやしたくなり、時に吹き出したくなる。オペラの演出という枠を超えて、驚異のパフォーマンスというしかない。しかも、オッフェンバックにぴったり。明るくて軽くて楽しい。

 これぞオッフェンバックのオペレッタの楽しみ。これだから、病みつきになる。もっとオッフェンバックを上演してくれないものか。しかし、このおしゃれな感覚を出すのはとても難しいだろう。とりわけ日本人には至難の業だろう。

 

 

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オッフェンバック 「美しきエレーヌ」1997年 チューリヒ歌劇場

 ニコラウス・アーノンクールの指揮、歌うのは、エレーヌのヴェッセリーナ・カサロヴァ、パリスのデオン・ファン・デル・ヴァルト、オレストのリリアーナ・ニキテアヌなど超一流の人たち。総力を挙げてのオペレッタだ。ちょっと演奏が立派すぎる気もしないでもないが、それはそれは見事な上演。ヘルムート・ローナーの演出もわかりやすい。オッフェンバックの音楽を存分に楽しめる。

 ただ「地獄のオルフェウス」でも感じることだが、ギリシャ神話に題材をとって、そこに当時の風刺を含んだおふざけを加えた台本は、日本人には少々退屈だ。こんなに楽しい音楽なのに、もったいない。何とかできないものか。ストーリーを整理して、現代の日本人でも楽しめるように改変してもよいのではないか。そうしてもオッフェンバックを冒涜することにならないのではないか。それどころか、現代のフランス人にもそのほうが楽しめるのではないか。それを強く思わせる映像だった。

 

 

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マスネ 「マノン」 ウィーン国立歌劇場 1983

 若きグルベローヴァがマノンを歌う映像。改めてグルベローヴァの美声に驚嘆した。驚異としかいいようがない。外見も本当にチャーミング。以前、文化会館でネトレプコの歌うこの役を見て感動したが、グルベローヴァも生で見たら、きっと同じように、あるいはそれ以上に感動しただろう。ただ、グルベローヴァが歌うと、あまり悪女に見えない。ネトレプコのほうが誘惑に負けやすい美女にぴったりだった。

ほかの歌手たちには少し怪しいフランス語が混じるが、グルベローヴァはフランス語の発音も完璧。デ・グリューを歌うのはフランシスコ・アライサ。きれいな声だが、この人の癖のある歌いまわしには今聴いても違和感が残る。

 指揮はアダム・フィッシャー。ドラマティックでとてもいい。演出はジャン・ピエール・ポネル。わかりやすくて華やかで、しかも最終幕はなかなか泣かせる。

 

 

 

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マスネ 「マノン」 201410月 リエージュ、ワロン王立歌劇場

 1983年のウィーン国立歌劇場の映像以上に素晴らしい。マノンを歌うアニック・マシスはグルベローヴァに引けを取らないほどの美声と演技。フランス語の発音が実に美しい。容姿も十分にマノンに見える。デ・グリューのアレッサンドロ・リベラトーレは、時々フランス語らしからぬ発音になるが、輝かしくよく伸びる声。レスコーのピエール・ドワイエン、デ・グリュー伯爵のロジャー・ヨアキムのほか、脇役陣もそろっている。

パトリック・ダヴァンという指揮者は初めて聴いたような気がする。ドラマとして盛り上げて、とりわけ第三幕以降は圧巻。ステーファノ・マッツォニス・ディ・プララフェーラの演出もおもしろい。

 

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ロッシーニ 「イギリス女王エリザベス」2015年 サッサリ、コムナーレ劇場

 マルコ・スパダの演出。舞台の色遣いがとてもおもしろい。いかにもイタリア風。おしゃれでモダン。男はスーツを着てネクタイを締めている。現代の服装。ただ、演奏としてはあまりレベルが高いとは言いがたい。

「マリアリーザ・デ・カロリス」コンサート協会管弦楽団の演奏ということだが、これがどんな団体なのか私は知らない。少々貧弱な音。フェデリコ・フェッリの指揮も心もとない。歌手たちもまずまずといったところ。もしかしたら、容姿重視のキャスティングなのかもしれない。シルヴィア・ダッラ・ベネッタのエリザベッタ、サンドラ・パストラーナのマティルデ、ダヴィド・アレグレトのノルフォルク、いずれも健闘はしているが、感動するほどではない。そのなかで(レイチェステルを歌うアレッサンドロ・リベラトーレはとてもいい。

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