音楽

オペラ彩公演 オペレッタ「こうもり」を楽しんだ

 2024年12月7日、和光市民文化センターサンアゼリア大ホールで、オペラ彩第41回定期公演 オペレッタ「こうもり」をみた。

 オペラ彩は、1984年から埼玉県を中心に活動する特定非営利活動法人。41回にわたって自主公演を続けてきた。理事長の和田タカ子さんと少しだけお話したが、今回もまた、指揮を予定していた天沼裕子さんが体調不良で降板するなど、大変なことの連続だったという。これまで、これほどのレベルのオペラ公演を続けてこられるには並大抵のご苦労ではなかっただろう。今回も驚くほどの水準の「こうもり」が仕上がっていた。大いに感心し、大いに楽しんだ。

 指揮は上野正博、オーケストラはN響で活躍した永峰高志がコンサートマスター。輪郭のはっきりした明確な音を刻んで、わくわくした愉快な世界を作り出していく。初めのうち歌手陣とかすかにタイミングがずれるところがあったが、すぐに解消された。歌手陣は歌も演技も達者な人がそろっている。

 アイゼンシュタインの石塚幹信は本当に芸達者で声量があって見事にこの役を演じた。ロザリンデの牧野元美も声量豊かな美声で容姿も美しい。チャルダーシュは見事だった。フランクの佐藤泰弘は、これまた声量豊かで朴訥とした味わいを出してとてもおもしろい。ファルケの村田孝高は、ちょっと音程の不安定を感じたが、声量があって堂々たる歌。アデーレの奥村さゆりは、少し声は小さいが精妙な歌いまわしが魅力的。オルロフスキーの泉関洋子は演技面ではちょっと棒立ちだと思ったが、声に威力があり、歌いまわしも、この不思議な役を見事に歌っていた。特筆するべきは、フロッシュの武井雷俊だろう。芸人はだしの軽妙な語りで会場の笑いを誘っていた。

 合唱には一般市民や高校生も加わっているという。夜会に出席する紳士淑女を演じていたが、しっかりと役割を果たしていた。見事!

 演出は直井研二。オーソドックスな舞台。歌はドイツ語だが、セリフは日本語。アドリブを加え、つじつまを合わせてわかりやすくするようにセリフを加えたり、削ったりしている。第三幕前半のフロッシュの登場する部分は大胆なカットをしている。それが成功している。舞台に立ち慣れない人々をうまく演技指導して、パーティの場面など、少ない人数でも違和感なく作る手腕には驚く。

 楽しい音楽、おもしろいストーリー、見事な演技。オペラを初めてみる客も多かったようだが、皆さんがとても楽しんでいる様子がよくわかった。最後は大喝采。

 日本中で市民オペラが上演されている。どの団体も難題にぶつかりながら、驚くべき成果を上げているようだ。これから先、ますます困難が押し寄せるだろうが、ぜひとも頑張ってほしい。今回は、オペラ彩の活動をみて、とても頼もしく思ったのだった。

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小中陽太郎先生の葬儀、そして青木尚佳リサイタル

 2024年12月3日、小中陽太郎先生がお亡くなりになって、本日12月6日、中目黒教会で葬儀が執り行われた。

「ベ平連」で活躍する小中先生のご様子を高校生の時にテレビで目にしていた。ところが、それから40年ほど後、私が多摩大学で仕事をするようになってから、小中先生と知り合う機会を得た。私に対しても、気さくに話してくださった。しかも、先生は、東大仏文出身なので、先生の同級生に、一応はフランス文学を学んでいた私にとっての先生筋に当たる方が多く、そのうえ奥様はかつて音楽を専門になさっていた方だった。ご夫婦で私のゼミの主催するコンサートにおいでくださったこともある。何かイベントがあると、小中先生から呼び出しがかかり、何気なくいくと、突然、みんなの前で話をするように指名されたりして、途方に暮れたこともあった。楽しい食事を何度もご一緒した。

 話術の達人であり、コミュニケーションの達人だった。それも、単に「感じがいい」というのではなく、深い教養に基づいて多様な価値観を理解なさっているので、即座に深いところまで理解したうえでのコミュニケーションだった。しなやかで自由な精神。先生は、「翔べよ、源内」という、平賀源内を主人公にした小説を書かれているが、その自由で奔放でしなやかな源内の姿はそのまま小中先生のお姿だった。小中先生は、この欲と悪意にまみれた社会をしなやかに翔んで見せてくれた。

 フェイスブックでたびたびやり取りをしていた(タイプミスや誤変換が多く、しばしば判読に苦労した!)が、数年前、突然、連絡が途絶えた。体調がよくないという話を聞いて、心配していた。ネットニュース訃報に接したのだった。またも尊敬する人が亡くなった!

 初めてのキリスト教の教会で葬儀。交際の広い方なので、大勢の方がこられていた。いつもと勝手が違うので戸惑ったが、小中先生らしい、親しみにあふれた葬儀だった。祈祷をなさった牧師さんも小中先生と家族ぐるみで親しくなさっておられたとのこと。音大生だというお孫さんがフォーレの「レクイエム」の「ピエ・イエズ」を歌われた。合掌。

 その後、一休みして、紀尾井ホールで紀尾井レジデント・シリーズ III、青木尚佳のヴァイオリン・リサイタル“Fantasy”を聴いた。

 シェーンベルクの幻想曲 op.47、シューベルトの幻想曲ハ長調 D934、シューマン:幻想曲ハ長調 op.131(クライスラー編)、サン=サーンスの幻想曲 op.124、サラサーテのカルメン幻想曲 。要するに、Sで始まる作曲家の「幻想曲」を集めたリサイタルだ。ピアノ伴奏はボリス・クズネツォフ、ハープは早川りさこ。

 ファンタジー。まさに想像力を発揮して気ままに作り出される音楽。小中先生の葬儀の後にふさわしい。ただ、どれもとてつもなく技術的に難しそう!

 ヒラリー・ハーン(近々、日本で公演する予定だったが、体調不良で来日しないらしい。残念!)を思わせるような怜悧な弓さばき。音程の良いシャープな音。縦横無尽に弾き、そこからスケールの大きなクリアな世界が広がっていく。シェーンベルクの無機的ながらも自由で広がりのある世界に驚嘆、シューマンの夢幻的な躍動感にも酔った。サラサーテのカルメン幻想曲の最後の超絶技巧もすさまじかった。どこまでもクリアでゆがみがない。きりりと引き締まった無限の宇宙を見ているような気になった。


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鈴木優人&読響  あまりにエネルギッシュなレクイエム

 2024123日、サントリーホールで、読売日本交響楽団定期演奏会を聴いた。指揮は鈴木優人、曲目は前半にベリオの「シンフォニア」、後半にモーツァルトのレクイエム(鈴木優人補筆校訂版)。

「シンフォニア」を実演で聴くのは初めて。その昔、おそらくCDなるものが発売され始めたばかりのころだったと思う。当時まだ「現代音楽」に関心を持っていた私はブーレーズ指揮のCDを買って何度か聴いた。それ以来だから、40数年ぶりにこの曲を聴いたことになる。正直言って、なんとなく・・・しか覚えていなかった。が、とてもおもしろい曲。様々な音楽(マーラーやらドビュッシーやらラヴェルやら。ベートーヴェンも?)から引用され、レヴィ・ストロースらの文章の断片が語られる。

 とても良い演奏だった。鈴木の指揮ぶりは圧巻。見事にオーケストラをコントロールし、読響も見事に華麗な音を出す。ベルリンRIAS室内合唱団のメンバー(その一人は吉田志門さん)の語りも、よくぞこんな語りができるものだと圧倒される。音の重なりも濁らない。

 ただ、やむを得ないと思うのだが、私の席のすぐ近くに「音響」担当の有馬純寿さんがいて、スコアをめくりながら何やら機械をいじっておられた。気になって音楽に集中できなかった。

 後半の「レクイエム」もなかなかの演奏だった。私はこれまで、鈴木優人指揮、バッハ・コレギウム・ジャパンのレクイエム(鈴木優人補筆校訂版)は何度か聴いている。また聴きたくなったのだった。

 ソプラノのジョアン・ランは艶のある美声、テノールのニック・プリッチャードもとてもいい。メゾ・ソプラノのオリヴィア・フェアミューレン、バスのドミニク・ヴェルナー、そして、ここでもベルリンRIAS室内合唱団もさすがとしか言いようがない。

 鈴木の指揮はエネルギッシュ。オーケストラも合唱も強く激しく奏でる。かなりテンポも速い。まさに若々しい演奏と言っていいだろう。BCJの演奏よりもエネルギーを感じた。とてもよい演奏ではある。モーツァルトがこの曲を作曲したのは、死ぬ直前だとしても35歳(だったかな?)。だから、このような若々しい演奏であっても、もちろん問題ない。

 が、70歳を過ぎてかなり元気をなくしている私としては、このあまりにエネルギッシュなレクイエムについていけなかった。もう少し、死者を悼むような祈りの心がほしい。もう少ししみじみとした気持ちになりたい。しかも、エネルギッシュな演奏がずっと続くので一本調子になっているのを感じた。

 アンコールは全員で「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。これはしんみりとした良い演奏だった。

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カプワ&ティベルギアン&日フィル カプワの指揮に驚嘆!

 20241130日、サントリーホールで日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴いた。指揮は沖澤のどかの予定だったが、出産のためにパヴェウ・カプワに変更。ポーランド出身の若い指揮者だ。まったく初めて名前を聞く。曲目は前半にセドリック・ティベルギアンが加わってブラームスのピアノ協奏曲第2番、後半にシューマンの交響曲第2番。素晴らしい演奏だった。驚いた。

 ティベルギアンのピアノはイブラギモヴァのヴァイオリンとのデュオで何度か聴いたことがある。今回も見事な演奏。音の一つ一つの粒立ちが美しくて繊細だが、十分にダイナミック。ブラームスにふさわしい。知的でロマンティックすぎないが、十分に叙情にあふれている。

 が、私が驚いたのはむしろカプワの指揮のほうだった。ブラームスの協奏曲では、おそらく格上のティベルギアンに遠慮していたのだろう。全体的な構成はかなりオーソドックスに思えたが、ピアノをたてて、おそらくはティベルギアンの音楽を作っていた。ただ、細部ではかなりオーケストラにニュアンスを加えていた。ブラームスらしいがっしりした構成の中に、微妙なニュアンスが顔を出してとても魅力的な演奏だった。素晴らしかった。

 カプワの本領が発揮されたのはシューマンだった。ひとことで言うと、まるで交響詩のような交響曲だった! もしかしたらシューマン好きはこのような演奏を嫌うのかもしれない。が、私のように、「メンデルスゾーンやブラームスに比べてどうもシューマンはおもしろくない、とりわけ交響曲第2番は退屈だ」と思っている人間には、これは目を見張るようなおもしろい演奏だった。

 山あり谷あり、様々な仕掛けがあり、適度にクライマックスがあり・・・。映画でも見ているよう。もしかすると、指揮者は頭の中で何かのストーリーを想像しているのかもしれない。とりわけ第2楽章はユーモアにあふれ、盛り上げた後のちょっとした肩透かしのような部分もあった。第3楽章はとても美しリリシズムにあふれていた。第4楽章はまさしく賛歌。よくぞここまでおもしろく演奏できるものだ。

 しかも、まるで交響詩のよう、と言いながら、それほど元の音楽をいじっているわけではなさそうだ。十分に理にかなっている。あれ、もしかしたらシューマンのこの曲は本来、このように演奏するべきだったのかもしれない!と思わせるほど説得力がある。

 私以外の人はこの演奏をどう受け取ったのだろう。もし、ベートーヴェンまでもこのように演奏したら私はきっとムッとすると思うが、この人が古典派を演奏したらどうなるのだろう。ブラームスの交響曲も是非聴いてみたい。

 沖澤のどかの指揮を聴けなかったのは残念(もちろん、ご本人にとってはとてもめでたいことであり、私も遠くから祝福させていただきたい)だが、カプワという指揮者を知ることができて、とてもありがたかった。

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ベルリンRIAS室内合唱団 バッハ一族のモテット 幸せな時間を過ごせた

 20241128日、神奈川県立音楽堂で開館70周年記念、音楽堂ヘリテージ・コンサート ベルリンRIAS室内合唱団“J.S.バッハとバッハ一族のモテットを聴いた。

 今回の公演については、今年の7月の吉田志門のリサイタルで知った。吉田さんの所属するベルリンRIAS室内合唱団が来日してバッハ家のモテットを歌うという。録音ではかなり聴いてきたはずだが、これまでベルリンRIAS室内合唱団の実演を聴いたことはなかった。これを機会に聴かずばなるまいと思った。

 曲目は、ヨハン・クリストフ・バッハ「愛する主なる神よ」、ヨハン・ルートヴィヒ・バッハ「われらのこの世の家が壊れても」、ヨハン・バッハ「われらの生は影に過ぎず」、ヨハン・クリストフ・アルトニコル「いざ諸人よ、神に感謝せよ」、ヨハン・ミヒャエル・バッハ「主よ、あなたさえわがものなれば」。ヨハン・クリフトフ・バッハ「義しき人は、年若く死すとも」、ヨハン・セバスティアン・バッハ「イエスこそわが喜び」。指揮はジャスティン・ドイル。ポジティフオルガンは重岡麻衣、チェロは山根風仁。

 素晴らしい合唱。音程がとてもよいために、音の響きが心地よい。まさに信仰心が静かに音として聴こえてくる。いや、それ以上に、まるで音が見えるよう。音が重なり、動き、流動していく。それがしっかりと聞こえてくる。

 合うべきところは完璧に合っており、ところどころ、たとえば音の入りなどで少しだけずれが生じるが、それもまたとても人間的で美しい。機械的にそろっているのではなく、まさに人間たちが心を合わせて歌っている。ほとんどが、大バッハ以前のバッハ家の音楽家たちの曲なので、もちろん知らない曲なのだが、昔から知っている曲のような気がする。指揮も素晴らしい。静かで柔和で、しかも厳かなひと時!

 最後の大バッハの曲は、なんとなく聞いたことがあるような気がした(私はバッハ愛好家ではないので、モテットはあまり聴いたことがない!)が、やはりほかのバッハ家の人とは一味違うと思った。もっとずっと重層的で奥深い。これも素晴らしい演奏!

 アンコールには「朧月夜」(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)が日本語で歌われた。さすが、発音を大事にするこの合唱団。日本語の発音も完璧! 編曲も見事。この曲がこんなに美しい曲だったとは! ソロを歌ったのはもちろん吉田志門。音程の良い美しい発音。素晴らしかった! なるほど、吉田さんはこの合唱団の中で鍛えられて、今のような際立った歌唱力を自分のものにしていったのだ!と納得。

 幸せな時間を過ごすことができた。

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新国立「ウィリアム・テル」 長年の念願がかなった!

 2024年11月26日、新国立劇場でロッシーニ作曲のオペラ「ウィリアム・テル(ギヨーム・テル)」をみた。

「ウィリアム・テル」は、小学校5年生の時(たぶん、1961年)、学校の音楽の時間に鑑賞曲として、その序曲を聴いて天地がひっくり返るような感動を覚えて、私がクラシック好きになるきっかけを作ってくれた曲だ。当時、「序曲は名曲だが、本編は長くてつまらないので、現在では上演されない」といわれていた。そんなものかと思っていたが、1970年代のロッシーニ・ルネサンスの後、CDや映像でこのオペラを知って、いやいやなかなかの名作ではないかと思っていた。今回、念願がかなって初めてオペラをみた。素晴らしかった!

 まず歌手陣がいい。テルのゲジム・ミシュケタはこの役にふさわしい強くて深い声。音程もよく、声量も豊か。アルノルドのルネ・バルベラも高音が美しく、これまた声量豊か。そして、マティルドのオルガ・ペレチャッコは本当に美しい声! そして、皇女にふさわしい気品ある動きと容姿。これまで何度かペレチャツコの実演を聴いて、もっと声量豊かだった気がしたが、少し声が小さかった。あえてそうしていたのか。ジェミ役の安井陽子も声が通って、少年らしくて見事。そして、冨平恭平の合唱指揮による新国立劇場合唱団も本当に見事。このオペラは合唱が重要だが、見事に大きな感動をもたらしてくれた。

 そのほか、エドヴィージュの齊藤純子も好演、ジェスレルの妻屋秀和、ヴァルテルの須藤慎吾、メルクタールの田中大揮、ロドルフの村上敏明、リュオディの山本康寛、ルートルドの成田博之、狩人の佐藤勝司も健闘。

 それぞれのアリアも素晴らしかったが、第1幕のアルノルドとテルの二重唱、第2幕のアルノルドとマティルデの二重唱、第4幕のマティルデ、ジェミ、エドヴィージュの三重唱も本当に見事。ロッシーニの世界を堪能できた。ただ、ロッシーニにしては、いずれの歌もそれほど技巧的ではない。歌手の名人芸を楽しむというよりは、歴史群集劇の厚みを味わうオペラだと言えそうだ。自由を求めて戦う民衆の歌声に何度も深く感動した。

 指揮の大野和士はむりやり盛り上げようとせず、じっくりと演奏。それが成功していると思う。一つの歴史絵巻のように圧政に抵抗するスイスの民衆の重厚な物語に仕上げていた。東フィルも美しくて輪郭のしっかりした音。

 ヤニス・コッコスの演出も簡素な舞台ながら説得力がある。第1幕、第2幕は森の中、第3幕のジェスレルの圧政を描く場面は、いくつもの槍が上から刺さるような構図。自由を求めて立ち上がる民衆をうまく描き出していた。

 私は、この「ウィリアム・テル」よりも、「セミラーミデ」や「アルミーダ」、「湖上の美人」の方がオペラとしては傑作だと思う。フランス語による、いわゆるフランス・グランド・オペラに属するオペラなので、バレエが入ってくるのはやむを得ないが、舞踊好きではない私にはバレエの部分はちょっと退屈。だが、さすがにロッシーニ最後の作品だけあって、堂々たる構えで、これはこれで見事な作品だと思った。

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エーネスのベートーヴェン2日目 圧倒的なクロイツェル!

 20241116日、紀尾井ホールで、ジェイムズ・エーネス ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会の2日目を聴いた。ピアノはオライオン・ワイス。2日目は第6番から第10番まで。2日で全曲なので、かなりハード!

 初日に続いて、素晴らしい演奏だった。

 初日は、まったく誇張もなく、主観でゆがめることもなく、ただただ正確な音程と切れの良い弓さばき、自然な構築によって素晴らしい音楽を作り出していることに感銘を受けた。心が洗われるような気持になり、ベートーヴェンの初期の音楽の生き生きとして初々しい響きに魅了された。

 2日目は中期以降のベートーヴェンのソナタ。スケール感が増し、より深い精神を表現するソナタなので、少し勝手が違うのではないかと思って出かけた。が、やはりエーネスは凄い。

初日と同じように端正で濁りのない音。が、最初の第6番から、前日とは違ったスケールの大きさを示してくれた。完璧にコントロールされた音で、ベートーヴェンらしい情熱的で宿命的な音楽を作り出していく。

 とはいえ、冒頭の第6番は、初日の第1番と同じように、少しだけ自然な流れに乗り切れないところがあるように思った。ちょっとぎくしゃくしていたというか。第7番からは自然な流れの中にスケールの大きな音楽が鳴り出した。エーネスの音は、それほど宿命的な雰囲気を前面に出さない。がさつに激しく、というわけではない。あくまでも端正で美しい。しかし、音の切込みがシャープなので心にぐさりと刺さる。第2楽章は天国的な美しさ! 第8番の第1楽章は、とりわけピアノとヴァイオリンのやり取りがとても見事だった。二人の音楽がぴたりと合って爽快! ベートーヴェンの音楽は無理矢理に宿命的にしなくても、ただ端正にしっかりと演奏するだけでこれほど宿命的でスケールが大きくなるのだと改めて納得する。

 そして、なんといっても第9番「クロイツェル」は圧倒的だった。これも特にスケールを大きくしようという意図はないだろう。だが、第1楽章の序奏から、端正で鮮烈な響きによって大きな世界が展開される。第2楽章のそれぞれの変奏曲のニュアンスにも圧倒された。そして、第3楽章の壮大な盛り上がり。私は何度も感動に震えた。

 第10番は、明るく屈託なく清澄。すべての苦悩を乗り越えた後の不思議な単純さ。そうした音を二人が再現していく。これも素晴らしかった。

 大変満足なベートーヴェン全曲演奏だった。感動した。

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エーネスのベートーヴェン初日 清澄にして繊細なヴァイオリンの音色!

 2024年11月14日、紀尾井ホールでジェイムズ・エーネス ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会の初日を聴いた。ヴァイオリンはエーネス、ピアノはオライオン・ワイス。初日はソナタの第1番から第5番「春」まで。

 エーネスの名前はかなり前から聞いていたが、実演を聴くのは今回が初めて。素晴らしい演奏だった。

 エーネスはきわめて素直な演奏だと思う。何も付け足さない、何も減らさない。誇張もせず、テンポも動かさない。もう少しユーモラスにしたいところやら、劇的にしたいところ、ロマンティックにしたいところもあると思うのだが、そうはしないで真正面から演奏。しかし、なんと高貴で清澄な音色であることか。そして、繊細でありながらも切れの良い弓さばき、きわめて理にかなった音楽の流れのために、自由で伸びやかな雰囲気が漂う。ぐいぐいと観客の心をとらえる。ピアノのワイスも繊細でシャープな美しい音でヴァイオリンとぴたりと合っている。

 第1番はちょっとぎくしゃくしていたかもしれない。客席の音のせいで、少なくとも私は音楽に集中できなかった。しかし、第2番からは私はエーネスの音楽世界に入り込んだ。作曲順に演奏されるので、ベートーヴェンの成長もよくわかる。初々しくて素直な第1番、自由な雰囲気のある第2番、徐々にスケールが増し、ベートーヴェンらしくなる第3番。そして、休憩をはさんで本格的なベートーヴェンの音楽になっていく第4番と第5番。若きベートーヴェンの喜びと悲しみの心の襞が見えるかのような演奏だと思う。しかし、あくまでも知的で構築的であって、情緒に流れることはない。そうであるこそ、そのリリシズムにため息が出そう。

 アンコールは第6番の第2楽章。本当に清澄で繊細。この全曲を16日に聴けると思うと楽しみでならない。

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アントネッロ公演ロ短調ミサ曲 興奮のバッハ!

 20241111日、東京オペラシティ コンサートホールで濱田芳通&アントネッロ第18回定期公演を聴いた。曲目は J.S.バッハのミサ曲ロ短調。

 古楽アンサンブル・アントネッロについては以前から関心を持っていながらなかなか聴く機会がなかったのだが、先日、「リナルド」をみて、その実力のほどを知った。そのアントネッロがバッハのロ短調ミサを演奏するというのなら聴かないわけにはいかないと思って足を運んだ。

 いやはや期待以上の充実! まずオーケストラが素晴らしい。一つ一つの音が美しく、快速の部分もまったく乱れない。音程もよく、音がしなやかで音そのものに表情がある。そして、合唱も全員がそろっている。堅さがなく、しなやかで音楽の喜びにあふれている。独唱者たちもみんなが素晴らしい。オーケストラと同じように、快速の部分でも声が躍動する。これほど充実した古楽アンサンブルは世界でもそれほど多くないのではないか。

 そして、濱田芳通の指揮ぶりに圧倒された。まさに興奮のロ短調ミサだった。凄まじい躍動感! 音楽そのものの持つエネルギーが押し寄せ、音が重なり、命をもってかけまぐる。「ミサ曲」のわりにはあまりに若々しく、あまりに生きる喜びにあふれているが、このロ短調のミサ曲は、おそらくは信仰心を吐露する音楽というよりは、このような躍動の音楽ともいえるだろう。これがバッハなのかもしれないと思った。気難しいバッハよりも、このように躍動感にあふれる若々しいバッハのほうが、私は好きだ。

 冒頭の「キリエ・エレイソン」も素晴らしかったが、グローリアの最後の合唱にはとりわけ興奮した。これぞポリフォニーの醍醐味。管弦楽と声の重なりが躍動する。そして、彌勒忠史の歌う「アニュス・デイ」も美しくしみじみしており、最後の合唱になって深い信仰の心が高らかに告げられる。

 この人たちが「マタイ受難曲」を演奏したら、どうなるのだろう。これまで演奏したことがあるのだろうか。ぜひ「マタイ」を、そして、できれば「ヨハネ」も聴きたいと思った。

 

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NISSAY OPERA「連隊の娘」 充実の上演! 楽しかった!

 2024119日、日生劇場でNISSAY OPERA 2024 ドニゼッティのオペラ「連隊の娘」をみた。演奏、演出ともにとても満足できるものだった。とても楽しかった。

 指揮は原田慶太楼、オーケストラは読売日本交響楽団。きびきびした演奏で、ドニゼッティ特有のわくわく感もあって、とてもいい。歌手との息もしっかりと合っているように思える。読響もしっかりとした音を出している。

 粟國淳の演出もとても納得できる。舞台全体がおもちゃ箱という設定だろう。巨大なクマのぬいぐるみがあり、連隊の兵士たちは兵隊人形を思わせる。映画「トイ・ストーリー」へのオマージュもあるのだろう。トニオは「トイ・ストーリー」の主要な登場人物を連想させる。連隊の兵士たちも動きもぎくしゃくして機械人形のよう。貴族たちも、紙で作った衣装を普段着の上に取り付けただけの格好で現れる。マリーやトニオの動きも子どもっぽい。

 このオペラを現代において大真面目に上演すると、やはり、いくら何でも嘘っぽくて、観客はついていけない。そこであえておもちゃ箱の世界にして子供っぽいファンタジーに仕上げたということだろう。これなら堅いことを言わずに心から子どもの世界を楽しめる。

 マリーの砂田愛梨は素晴らしかった。音程のいい美しい声。高音もしっかりとコントロールされてとても美しい。ホール中にビンビンと響き、合唱団の中で一人、マリーの声がはっきり聞こえる。この役を欧米の一流の劇場で歌ってもきっと大喝采を浴びるだろうと思った。トニオは、糸賀修平が予定されていたが、練習中のけがのため欠場とのことで、代役として澤原行正が演じた。突然の代役だったのだろうが、大健闘。声もよく出ていて、高音も美しかったが、ちょっと音がかすれた。

 ベルケンフィールト侯爵夫人の金澤桃子はメゾの美声。フランス語の発音も見事だった。シュルピスの山田大智もしっかりした声でとてもよかったが、いかにもカタカナふうのフランス語はご愛嬌というところ。

 全体的に大いに楽しむことができて、とてもよかった。ドニゼッティのオペラは理屈なしに楽しい。

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