音楽

エルデーディ弦楽四重奏団のブラームスとベートーヴェンは私の好みからかけ離れていた

 2017219日、第一生命ホール でエルデーディ弦楽四重奏団コンサートを聴いた。曲目はブラームスの弦楽四重奏曲第2番、後半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13 「大フーガ付」。かなり前のことになるが、桐山建志さんのヴァイオリンをきいてとても感銘を受けた記憶がある。今回、桐山さんがヴィオラ・パートを務めるエルデーディ弦楽四重奏団が「大フーガ」を演奏するとあって、楽しみにして足を運んだ。

 だが、残念ながら、私には最も受け入れがたいタイプのブラームスとベートーヴェンだった。ブラームスが始まった時、あまりに緊張感がないので、意図的にそのようにして、徐々に盛り上げようとしているのかと思っていたら、ますます緊張感がなくなっていった。私にはただ合わせただけに聞こえる。きれいに合ってはいるが、それ以上のものを少なくとも私は感じない。もし、今日初めてブラームスの室内楽を聴いた人がいたとしたら、ブラームスは何と退屈なんだと思ったに違いない。私は大いに退屈した。

 ベートーヴェンはブラームスよりもよかったが、13番の弦楽四重奏曲がこれでは、ちょっと辛い。覇気のない、予定調和的なベートーヴェン。大フーガが普通の音楽に聞こえる。あえて牙をなくし、やさしく穏やかにしているのだろうか。あるいはほかに何らかの意図があるのだろうか。私には理解できなかった。何も起こることなく、起伏もなく、もちろんベートーヴェンの晩年の境地といえるようなものを感じることもなく、終わってしまった。

 それにしても、昨日に続いて今日も客が少ない。

 2日連続で、私の好みからかけ離れた音楽を聴いてしまった。

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鈴木雅明+シティフィルのベートーヴェンとバルトークは、よくわからないまま終わってしまった

 2017218日、東京オペラシティコンサートホールで、東京シティフィルの定期演奏会を聴いた。指揮は鈴木雅明。曲目はウェーベルンの「パッサカリア」作品1とベートーヴェンの交響曲第4番、後半にバルトークの「管弦楽のための協奏曲」。

 鈴木雅明の指揮はこれまでバッハ・コレギウム・ジャパンによるバロック音楽しか聴いたことがなかった。先日、鈴木指揮のベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」のコンサートに行きたいと思っていたが、日程が合わなかった。今回、私の大好きなベートーヴェンの第4番がプログラムに含まれているし、以前、飯守泰次郎指揮のブルックナーやワーグナーの演奏で何度も感動させてもらったシティフィルなので、楽しみにして足を運んだ

 ウェーベルンはとてもおもしろかった。ロマンティックな演奏であることに驚いた。短い主題が変奏されていく手際が見事だと思った。

だが、その後のベートーヴェンに関しては、残念ながら私には鈴木さんが何をしたいのかよくわからなかった。バッハ演奏ではあれほどビシッと決まるリズムが、ベートーヴェンになると少し不安定に私には聞こえる。曲想の変化もオケが十分についていっていないように感じる。とりわけ第三楽章以降はバタバタしているように思えた。私の好きな第4番の醍醐味を味わうことができなかった。

 バルトークについても、私にはそれぞれの楽章の意図が読み取れなかった。曲想をどのように性格づけるかもう少し明確にしてくれないと、私のようなバルトークを特に贔屓にしているわけではない人間としては途方に暮れてしまう。結局、よくわからないまま終わってしまった感がある。

 今日の感想としては、大変残念ながら、鈴木雅明指揮ベートーヴェンとバルトークはバッハほど素晴らしくなかった・・・ということになる。

 それにしても、客の入りが悪かった。魅力的なプログラムだと思ったのだが、そう思う人は多くはないのだろうか。

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「パリの生活」「美しきエレーヌ」「マノン」「イギリス女王エリザベス」の映像

 この数週間で見たオペラ映像の感想を書く。

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オッフェンバック 「パリの生活」200712-20081月、リヨン歌劇場

 実に楽しい映像。オッフェンバックの愉快で明るい音楽が次々と続く。セバスティアン・ルーラン指揮による演奏もとても良いし、歌手たちのレベルも非常に高い。容姿の面でも演技の面でも、そして衣装や背景の色彩面でも最高度に楽しめる。そして、なによりもローラン・ペリーの演出が驚異的。たくさんのダンサーが登場し、音楽に合わせて様々な動きがなされる。おしゃれでセンスがよく、最初から最後までにやにやしたくなり、時に吹き出したくなる。オペラの演出という枠を超えて、驚異のパフォーマンスというしかない。しかも、オッフェンバックにぴったり。明るくて軽くて楽しい。

 これぞオッフェンバックのオペレッタの楽しみ。これだから、病みつきになる。もっとオッフェンバックを上演してくれないものか。しかし、このおしゃれな感覚を出すのはとても難しいだろう。とりわけ日本人には至難の業だろう。

 

 

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オッフェンバック 「美しきエレーヌ」1997年 チューリヒ歌劇場

 ニコラウス・アーノンクールの指揮、歌うのは、エレーヌのヴェッセリーナ・カサロヴァ、パリスのデオン・ファン・デル・ヴァルト、オレストのリリアーナ・ニキテアヌなど超一流の人たち。総力を挙げてのオペレッタだ。ちょっと演奏が立派すぎる気もしないでもないが、それはそれは見事な上演。ヘルムート・ローナーの演出もわかりやすい。オッフェンバックの音楽を存分に楽しめる。

 ただ「地獄のオルフェウス」でも感じることだが、ギリシャ神話に題材をとって、そこに当時の風刺を含んだおふざけを加えた台本は、日本人には少々退屈だ。こんなに楽しい音楽なのに、もったいない。何とかできないものか。ストーリーを整理して、現代の日本人でも楽しめるように改変してもよいのではないか。そうしてもオッフェンバックを冒涜することにならないのではないか。それどころか、現代のフランス人にもそのほうが楽しめるのではないか。それを強く思わせる映像だった。

 

 

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マスネ 「マノン」 ウィーン国立歌劇場 1983

 若きグルベローヴァがマノンを歌う映像。改めてグルベローヴァの美声に驚嘆した。驚異としかいいようがない。外見も本当にチャーミング。以前、文化会館でネトレプコの歌うこの役を見て感動したが、グルベローヴァも生で見たら、きっと同じように、あるいはそれ以上に感動しただろう。ただ、グルベローヴァが歌うと、あまり悪女に見えない。ネトレプコのほうが誘惑に負けやすい美女にぴったりだった。

ほかの歌手たちには少し怪しいフランス語が混じるが、グルベローヴァはフランス語の発音も完璧。デ・グリューを歌うのはフランシスコ・アライサ。きれいな声だが、この人の癖のある歌いまわしには今聴いても違和感が残る。

 指揮はアダム・フィッシャー。ドラマティックでとてもいい。演出はジャン・ピエール・ポネル。わかりやすくて華やかで、しかも最終幕はなかなか泣かせる。

 

 

 

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マスネ 「マノン」 201410月 リエージュ、ワロン王立歌劇場

 1983年のウィーン国立歌劇場の映像以上に素晴らしい。マノンを歌うアニック・マシスはグルベローヴァに引けを取らないほどの美声と演技。フランス語の発音が実に美しい。容姿も十分にマノンに見える。デ・グリューのアレッサンドロ・リベラトーレは、時々フランス語らしからぬ発音になるが、輝かしくよく伸びる声。レスコーのピエール・ドワイエン、デ・グリュー伯爵のロジャー・ヨアキムのほか、脇役陣もそろっている。

パトリック・ダヴァンという指揮者は初めて聴いたような気がする。ドラマとして盛り上げて、とりわけ第三幕以降は圧巻。ステーファノ・マッツォニス・ディ・プララフェーラの演出もおもしろい。

 

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ロッシーニ 「イギリス女王エリザベス」2015年 サッサリ、コムナーレ劇場

 マルコ・スパダの演出。舞台の色遣いがとてもおもしろい。いかにもイタリア風。おしゃれでモダン。男はスーツを着てネクタイを締めている。現代の服装。ただ、演奏としてはあまりレベルが高いとは言いがたい。

「マリアリーザ・デ・カロリス」コンサート協会管弦楽団の演奏ということだが、これがどんな団体なのか私は知らない。少々貧弱な音。フェデリコ・フェッリの指揮も心もとない。歌手たちもまずまずといったところ。もしかしたら、容姿重視のキャスティングなのかもしれない。シルヴィア・ダッラ・ベネッタのエリザベッタ、サンドラ・パストラーナのマティルデ、ダヴィド・アレグレトのノルフォルク、いずれも健闘はしているが、感動するほどではない。そのなかで(レイチェステルを歌うアレッサンドロ・リベラトーレはとてもいい。

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シモーネ・ラムスマ 凄まじいフランクのソナタ演奏!!

201728日武蔵野スイングホールで、シモーネ・ラムスマ ヴァイオリン・リサイタルを聴いた。武蔵野文化事業団主催のコンサート。私は新宿から向かったが、人身事故ということで、超満員の中、待ち時間を入れて武蔵境まで1時間近くかかった。

ラムスマはかなり若いオランダ出身の女性ヴァイオリニスト。もしかしたら20代? ピアノ伴奏は三浦友理枝。曲目は、前半にシューベルトのソナチネニ長調とメンデルスゾーンのヴァイオリン・ソナタ ヘ長調。後半にフランクのヴァイオリン・ソナタとラヴェルの「ツィガーヌ」。

 シューベルトは準備体操という感じ。メンデルスゾーンであっと思った。鮮烈な音。スケールが大きく、大きな表情を語る。メンデルスゾーンのこのソナタ、あまりリサイタルで聴くことはないが、なかなかの名曲だと思った。

 後半はまさしく圧巻。フランクのソナタが凄まじかった。私は何度か魂を震わせた。フランス的な演奏ではない。もっとおおらかでもっとスケールが大きい。大宇宙の前で弾き切るような雰囲気。音は美しく、大きく、伸びやか。第2楽章以降、ぐんぐんと盛り上がる。

「ツィガーヌ」も素晴らしい技巧と鮮烈な音。これもスケールが大きい。小さな世界に縮こまっているのではなく、大きく広がっていく感じがする。それが素晴らしい。

 ピアノも実に素晴らしかった。音が美しいだけでなく、この人も大胆でダイナミック。若くてきれいな女性なのに、表現のスケールが大きい。ラムスマの伴奏にぴったり。フランクのソナタとツィガーヌはまさしく互角に渡り合ってすごい迫力。

 アンコールはパラディスの「シシリエンヌ」とガーシュインの「ポギーとベス」より。これもなかなか。

 メンデルスゾーンのソナタの第一楽章の終わりでラムスマが演奏を中断し、客席からのイヤホンステレオの音漏れを注意した。私も変な音が混じっているのには気づいていた。それでいちおう雑音はなくなったようだが、このようなマナー違反は実に残念。しかも、フランクの名演奏の最中も、私のすぐ後ろで、買い物袋を膝の上においてずっとカサカサ音を立てている人がいた。演奏中ずっとガムを噛んでいる人、手を盛んに動かす人もすぐ近くにいて閉口した。武蔵野文化事業団のコンサートは特にマナーが悪いというわけではないと思うが、今日は少々気になった。

 とはいえ、これほど演奏が素晴らしいと、そのような雑音など気にならなくなる。ただ、会場が狭いせいか、凄まじい演奏のわりには拍手喝采はおとなしめだったように思う。もっと熱狂的になるのかと思っていた。

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 朴+川見+安井の素晴らしいシュトラウスの器楽曲と歌曲

 2017129日、王子ホールで「おと と おと と」のシリーズ、リヒャルト・シュトラウスの器楽と歌の「饗宴」を聴いた。素晴らしかった。

 最初の曲はシュトラウスが17歳のころの5つのピアノ小曲から2曲。黙って聞かされたら、間違いなくシューマンだと思うだろう。

 ピアノは朴令鈴。粒立ちの明確な音。もう少し劇的に弾いてもよいだろうと思うところがあったが、このような抑制的な音楽づくりがこの人の持ち味なのだろう。

 その後、ヴァイオリンの川見優子が加わってリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタ。率直で若々しくてロマンティックな表現。妙にいじるとわけがわからなくなる曲を真正面から弾き切った感じ。第1楽章と第3楽章はかなり外面的に華々しく、第2楽章はロマンティックに。そうすることで確かに音楽が立体的になる。素晴らしいと思った。朴のピアノも若々しいヴァイオリンをしっかり支えている。見事。

 後半は初めに朴による「サロメ」の「七つのヴェールの踊り」。ピアノ独奏でこの曲を初めて聴いた。オーケストラで聴きなれているので不思議な感じだが、それはそれで鮮烈な音楽になっていた。朴の音楽づくりは実に知的。一つ一つの音に無駄がなく、盛り上げるべきを盛り上げ、過剰なことは少しもしない。なんと頭のいい人なんだ!と思った。

 その後、ソプラノの安井陽子が加わってシュトラウスの歌曲「万霊節」「セレナード」「ツェツィーリエ」、そして「四つの最後の歌」。

 これも素晴らしかった。安井のオペラはこれまでツェルビネッタやオランピアを聴いた記憶がある。いずれもとても良かった。歌曲についても素晴らしいことを知った。声が伸びている。とりわけ高音が実に美しい。音程もいいし、言葉の響きも美しい。表現全体が実に清楚。朴のピアノと同じように過剰な表現はしないが、しっかりと音楽そのものが伝わる。「四つの最後の歌」は私の大好きな曲。私のささやかな葬式にはこの曲のCDをかけてほしいと思っている。この曲をこれほどまでに見事に歌える歌手は日本にも世界にもそれほど多くないと思う。ここでも朴の伴奏は実に見事。歌手も歌いやすいだろう。

 アンコールはピアノとヴァイオリンとソプラノによる「明日」。確かにこの歌曲にはヴァイオリン入りのヴァージョンがある。これはちょっと練習不足のようで、ヴァイオリンとソプラノが合わないところがあったが、それは仕方がないだろう。

 見事なコンサートだった。大好きなシュトラウスの曲をこのような小さなホールで聴けてとても満足。

 ところで、このところ猛烈に忙しい。1月締め切りの原稿(たぶん、締め切りには間に合わない!)と、3月ころ刊行予定の本の校正が重なった。しかも、先週から今週の初めにかけて大分県に出向いていた。122日(日)には故郷である大分県日田市に出向き、「墓じまい」をした。23日(月)には、日田市の私の両親が住んでいた土地の売買のための手続きを行い、24日(火)には大分市の岩田高校(この高校は、私が塾長を務める白藍塾のサポートによって小論文指導を行っている)で高校1年生に対して小論文指導を行った。そして、その後、大学で試験監督や打ち合わせをして、28日(土)には自宅近くに新しい墓を作ってそこで「納骨法要」を行った。実にあわただしかった。原稿が進まずにいる。明日から本腰を入れて、原稿執筆にかからなくては!

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チョン・キョンファの自然体の無伴奏ヴァイオリンに感動

 2017128日、サントリーホールでチョン・キョンファのバッハの無伴奏ヴァイオリンのソナタとパルティータの全曲演奏を聴いた。素晴らしかった。二回の休憩を加えて3時間を超す長いリサイタルだったが、最後までチョン・キョンファの緊張感は途切れなかった。

 出だしはあまり本調子ではないと思った。少し集中力を欠いている様子。パルティータ第1番の途中で咳き込んで中断。客席から「ノー・プログレム」の声が聞こえた。それに応じて観客席から拍手。そのせいかどうかはわからないが、その後どんどん調子を上げた。まさしく圧巻。

 圧巻とはいっても、かつてのように激しく音楽に没入するわけではない。遊びの心があり、余裕があり、くつろぎがある。研ぎ澄まされた音で、余計なものは付け加えず率直に、しかもまっすぐに音楽に対する。自然体とでもいうか。しかし、音楽の本質に従って迫力にあふれる。「シャコンヌ」はとりわけ絶品だった。一つ一つの音が意味を持ち、だんだんと形を成していく。それが絡まったりほぐれたり。それが心を打つ。

 パルティータ第3番も素晴らしかった。平明で透明で深く心の奥に入りこむ音楽。全体的に、私はソナタよりもパルティータのほうに感銘を受けた。東洋的というのだろうか。西洋的にごてごてした装飾の多い世界ではなく、本質だけ残したかのような演奏。パルティータの演奏に一層そのような自由な精神があふれるような気がする。これがチョン・キョンファのたどり着いた境地なのだろう。

 数年前、チョン・キョンファのブラームスの1番のソナタとフランクのソナタを聴いて、少し失望した記憶がある。何をしたいのかよくわからないと思った。入魂の激しい音楽でもなく、かといって楽しい音楽でもなかった。が、バッハの無伴奏を聴いて納得した。なるほど、このような自然体で自由な音楽世界を描きたかったのだろう。やはり、このような音楽世界はロマン派の音楽よりもバッハでこそ表現できるのだと思う。

 とても素晴らしい無伴奏バッハだった。心から感動。そして、満足。

 

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石田泰尚・山本裕康・諸田由里子のコンサート 素晴らしい音楽・知人・ゼミ生の感謝

 2017116日、仙川のフィックスホールで、多摩大学の樋口ゼミ(すなわち私が指導しているゼミ)の主催によって石田泰尚・山本裕康・諸田由里子のコンサートを開いた。最高のコンサートになった。

 曲目は、諸田さんの演奏によるモーツァルトの「きらきら星変奏曲」に始まり、山本さんの演奏による無伴奏チェロ組曲第1番、そして、石田さんと諸田さんのクライスラー編曲の「ロンドンデリーの歌」、クライスラーの「美しきロスマリン」「愛の悲しみ」「愛の喜び」、休憩後、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」。

 いずれも素晴らしい演奏だった。諸田さんは清楚で高貴ながらもロマンティックな音、山本さんは暖かくて優しい音、石田さんはキレの良い稀に見る美音。きりりと引き締まり、清潔で研ぎ澄まされている。それぞれの個性が大変すばらしい。

 私はやはり「大公」にもっとも感動した。とりわけ第三楽章にびっくり。精緻に絡んで、徐々に明るい歓喜の歌になっていく。そして、第四楽章で高揚し、まさしく苦悩の果ての明るい境地を描きだす。そのような音の絡みが三人の見事な音で展開されていった。

 アンコールはクライスラーの「ウィーン風小行進曲」とブラームスのハンガリー舞曲。いずれもぴたりと息が合い、高揚する。三人の演奏家が互いに良さを認め合い、それがうまく発揮できるように配慮し合っているのがとてもよくわかる。

 私は今年の3月に多摩大学を定年によって退職する。したがって、これまでクラシック音楽のコンサートを企画運営していた多摩大学樋口ゼミも終了する。

 今回、ゼミ生もよく働いてくれた。気の利かない私に代わって、あれこれと気をまわして、お客さんの身になって考えてくれる。最後とあって、元ゼミ生も何人か駆けつけてくれた。手伝いをしてくれるゼミOBもいた。うれしいことだ。

 そして、多くの知人が私のゼミの最後のコンサートを聴きに来てくれた。多摩大学同僚も大勢来てくれた。感謝。

 もっと書きたいが、終演後、知人たちと食事を共にして、自宅に帰ったのは23時過ぎだった。明日の仕事のためにも、そろそろ寝るほうが良さそう。

 素晴らしい音楽、そして素晴らしい知人、素晴らしいゼミ生に感謝しながら眠りにつくことにしよう。

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1月16日(月) 石田泰尚・山本裕康・諸田由里子のコンサート迫る! 

 多摩大学・樋口裕一ゼミ主催の石田泰尚・山本裕康・諸田由里子のコンサートが迫りました。樋口ゼミ最後のコンサートです。どうか、皆様、おいでください。残席があと少しあります。

  三人の演奏家はみなさん日本を代表される方々です。とりわけ石田さんは日本テレビ「嵐にしやがれ」で「やくざにしか見えない名ヴァイオリニスト」として紹介されましたので、ご存知の方も多いと思います。

曲目には、石田さんの得意とするクライスラーの親しみやすい名曲、山本さんの得意とするバッハの無伴奏組曲、諸田さんの得意とするモーツァルトの変奏曲が含まれます。そして、最後を飾るのはベートーヴェンの名曲「大公」です。

 

・演奏 石田泰尚(ヴァイオリン) 山本裕康(チェロ) 諸田由里子(ピアノ)

・場所 仙川フィックスホール (京王線仙川駅徒歩5分)

・日時 1月16日(月) 開場 1830分 開演 19時15分

・料金 全席自由4000円 学生 2000

・問い合わせ・チケット申し込み kr-b-s777@ezweb.ne.jp 090-8103-1243 (樋口ゼミ)

  (あるいは、樋口への直接の連絡でも構いません)

 

・曲目(演奏者の都合により変更されることがあります)

モーツァルト:きらきら星変奏曲ハ長調 K. 265

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007

クライスラー:美しきロスマリン

クライスラー:愛の悲しみ

クライスラー:愛の喜び

アイルランド民謡(クライスラー編曲):ロンドンデリーの歌

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調op.97「大公」

 

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ユリアン・プレガルディエンと鈴木優人の若い演奏家の素晴らしい「冬の旅」、そして小川えみのチャイコフスキー

 今日、201719日、成蹊学園本館大講堂(武蔵野文化事業団主催によるコンサート)でユリアン・プレガルディエン(テノール)と鈴木優人(フォルテピアノ)による「冬の旅」を聴いた。鈴木雅明の息子とクリストフ・プレガルディエンの息子の、いわば二世演奏家による演奏。優秀なDNAは間違いなく受け継がれている。本当に素晴らしい。

 ふだん聴きなれた「冬の旅」とずいぶん異なる。伴奏がフォルテピアノだということだけでも異なるが、歌の部分も様々な装飾音が入っている。どのような考証に基づくのか知らないが、この二人が演奏しているのだから、きっと時代的な裏付けがあるのだろう。

 ユリアン・プレガルディエンの声が実に美しい。正確な音程と深みのある表現。小さな声の使い方が見事。語りかけるように歌う。そして、時に感情が盛り上がる。そのメリハリがとても自然でわざとらしさがない。1984年生まれだというから、まだ30歳そこそこ。それなのにこれだけ完成された音楽を持っているのは驚異的だと思う。

 鈴木のフォルテピアノもとてもよかった。「辻音楽師」の繰り返しあらわれる和音の鮮烈さに驚いた。フォルテピアノで演奏すると、このように聞こえるのだろうか。聞きなれたピアノの音と違って、魂をえぐるような生の激しい音。全体的に鈴木のフォルテピアノは楽器の特性として音の響きに弱点があるが、その分、余計に鋭くて、しかも繊細。「冬の旅」にぴったりの楽器だと思った。

 今日は成人の日だった。30代前半の二人の素晴らしい演奏家を聴いて、とてもうれしくなった。この二人の未来が楽しみだ。きっとこれから時代を画す仕事をしてくれるだろうと思う。

 時間的に前後するが、昨日(2017年1月8日)、杉並公会堂小ホールで、小川えみ ソプラノリサイタルを聴いた。なんと午前10時開演。

 チャイコフスキーの歌曲が演奏されることをどこかで配布されたチラシを見て、しかもyoutubeにアップされた小川さんのリサイタルの歌声がきれいなので興味を持った。曲目は前半にチャイコフスキーの歌曲「この月の夜に」「カナリヤ」「かくも早く忘れるとは」「君よ信ずるな」「ふぁ歌旅元のように孤独で」、後半は、「イオランタ」「スペードの女王」「エウゲニ・オネーギン」からのアリア。どうも内輪のリサイタルのような雰囲気。ちょっと場違いなところに入ってしまったかと思った。

 小川さんの声は不安定なところもがあるが、全体的にはとてもきれい。とりわけ、後半になって声が伸びた。小川さんのプロフィールをみると、「ルイジ・ダル・フィオール神父のドルチェカント歌唱法だという。

 ただ、どうも私にはロシア語に聞こえない。カタカナに聞こえる。もちろん私はロシア語をまったく話せないので、断定的なことは言えないが、CDやDVDで聴くチャイコフスキーの歌曲やオペラと音の雰囲気が異なる。どうしても日本語っぽくなってのっぺりしてしまう。そのためなのか、チャイコフスキー特有の憂いやくぐもった哀愁が聞こえてこない。歌曲というのは詩の延長なので、言葉そのものの美しさを表現してほしいのだが、その点で不満を感じた。とはいえ、プログラム最後のレンスキーのアリア(もちろん女性がこのアリアを歌うのを初めて聴いた!)、そしてアンコールの「ただ憧れを知るものだけが」「なぜ」はとてもよかった。

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ブロムシュテット+N響の素晴らしい「第九」

 2016年12月24日、HHKホールでヘルベルト・ブロムシュテット指揮、NHK交響楽団によるベートーヴェンの交響曲第9番を聴いた。素晴らしい演奏だった。

 第一楽章の開始の音ははっとするほどデモーニッシュだと思った。暗くてよどんど音ではない。全体的にはブロムシュテットらしい、明るめの音でかなり快速の第九だが、冒頭だけでなく、ところどころでデモーニッシュな響きが支配的になる。何事か起こりそうな、なにか魔的なものが潜んでいそうな音。その部分に少なくとも私は非常に説得力を覚える。高齢を感じさせない見事な構築力。すごいと思った。

第二楽章も躍動にあふれ、きわめてダイナミック。音そのものはあまり大きくない(もしかしたら、NHKホールのために十分に響かないのかもしれない)のだが、十分に心の奥に響き渡る。第三楽章の美しさにはとりわけ圧倒された。ここもどちらかというと早めのテンポであり、大げさに歌わせるようなことはしないのだが、間の取り方、音につなぎ方があまりに美しい。

 第四楽章も見事。歌手陣もそろっていた。バスのパク・ジョンミンは堂々たる歌いっぷり。この曲にふさわしい。ソプラノのシモーナ・シャトゥロヴァ、メゾ・ソプラノのエリーザベト・クールマンも最高の歌を披露してくれた。ただ、テノールのホエル・プリエトはきれいな声だが、ほかの三人に比べて少し線の細さを感じた。合唱は東京オペラシンガーズ。ブロムシュテットの意図をくんだのだろうか。あまり大げさに大音響で歌うのではなく、しっかりした歌唱。

本日の演奏で、唯一納得できなかったのはテノール・ソロの部分だった。ピッコロがまるで歌を邪魔するかのように大きな音で鳴っていたが、そこにどんな意図があったのだろう。あまり声の大きくないテノールなのだから、もう少しピッコロは音を抑えるべきだったのではないか。

とはいえ、全体的には、スケールこそ大きくないが、きりりと引き締まり、細部に至るまで神経が行き届き、祭典感覚にあふれた素晴らしい演奏だった。

実はしばらく前から風邪に苦しんでいた。ムジカーザで石田泰尚さんのリサイタルを聴いた時も、まだ熱が下がらずにいた。狭いホールで咳をしたら演奏そのものを台無しにしてしまうと思って必死の思いで我慢していた。昨日、やっと平熱に戻って、今日は心地よく第九を聴けた。満足。気持ちよく新年を迎えられそうだ。

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