音楽

ウィーン・アカデミー管弦楽団のベートーヴェン4・5 私は感動できなかった

2017421日、前日に引き続いて、武蔵野市民文化会館リニューアルオープン記念特別公演、ウィーン・アカデミー管弦楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏の2日目を聴いた。指揮は、このオーケストラの創設者であるマルティン・ハーゼンベック。曲目は前半に第4番、後半に第5番〔運命〕。

4番の第一楽章を聴いた時点で、昨日の印象は間違っていたと思った。勢いのある見事な演奏。だが、第2楽章以降、昨日と同じような印象を抱いた。

楽器の音は古楽器特有のくすんだ音で、それはそれでとても雰囲気がある。しなやかで勢いがあってとても感じの良い演奏、ホルンの音程はよくないが、古楽器の特性としてやむを得ない。私はオーケストラにはまったく不満はない。とても良い楽団だと思う。

だが、何しろ一本調子だと私は思う。陰影が感じられない。ずっと機嫌よく音楽を鳴らしているような雰囲気を私は感じる。指揮をするハーゼンベックはオルガニストだというが、まさにオルガンのような演奏。つまり、音の強弱が弱い。ダイナミック・レンジが狭いというか、表現の幅が狭いというか。これでは私の好きなベートーヴェンにならない。音楽に狂気がない。怒りがない。必死の苦悩がない。だから、突き抜けた喜びも感じない。私の最も苦手なタイプの演奏だ。

会場で以前バイロイト音楽祭をご一緒した知人に会った。家が近いので、一緒に帰った。その方は演奏をとても楽しんだようだった。私は欲求不満を抱えたままだった。

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ウィーン・アカデミー管弦楽団 私には丁寧すぎるベートーヴェンだった

 2017420日、武蔵野市民文化会館リニューアルオープン記念特別公演、ウィーン・アカデミー管弦楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏の初日を聴いた。ピリオド楽器を使用するオーケストラだ。指揮は、このオーケストラの創設者であるマルティン・ハーゼンベック。曲目は前半に「田園」、後半に第7番。

 それぞれの楽章が始まった時には、毎回はっと驚いた。とりわけ「田園」は素晴らしいと思った。しなやかで柔らかく歌にあふれている。古楽器の場合、ガサガサした感じになり、快速の音楽になりがちだが、このオケはゆっくりじっくり丁寧、そしてしなやかに音楽を作っていく。とりわけ第二楽章冒頭には息をのんだ。だが、そうは言いながら、実は私はどの楽章も曲が進むうちに少々退屈してしまった。

 先ほど書いた通り、ゆっくりじっくり丁寧。ずっと同じ調子なので、一本調子に感じてしまう。部分を聴くと、どこを取っても素晴らしいのだが、続けて聴くと盛り上がりがなく、スリリングさが不足する。とりわけ「田園」は、素晴らしくしなやかで美しい演奏であるにもかかわらず、私は平板さを感じた。

7番は、コンサートマスターが変更(第二ヴァイオリンの首席と交代した)になって音楽の雰囲気がずいぶん変わったせいで、しなやかさ、繊細さよりも勢いのよさが前面に出てきた。だが、やはり同じように私は一本調子を感じた。確かに第7番にふさわしくリズムが激しくなり、音も大きくなる。だが、どこを取っても同じ丁寧さ。どの楽器も同じ丁寧さ。どうも私としては音楽に乗れない。

アンコールは交響曲第4番の第2楽章。私は今日の演奏でアンコールに一番感動した。しなやかでニュアンスに富んでおり、退屈する前に終わった。

私が俗っぽすぎる人間なのかもしれないが、もうすこし音楽にも狂気の部分がほしいと思ってしまう。とりわけベートーヴェンには狂気がほしい。真面目で丁寧すぎるベートーヴェンだと思った。

 

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METライブビューシング「椿姫」 見事だったが、私好みではなかった

 東銀座の東劇でMETライブビューシング「椿姫」をみた。

 ヴィオレッタはソニア・ヨンチェヴァ。話には聞いていたが、私は初めて聴いた。かなり厚めの、どちらかというと「ドスのきいた声」。豊満で魅力的な容姿とともに一つのヴィオレッタ像を作っていると思う。演出によるのだろうが、第一幕では投げやりな表情、その後もずっと暗い顔をしているが、私としては少なくとも第二幕の途中までは可憐で華やかな表情であってほしい。そうでないと、観客としては第一幕のヴィオレッタの歌に乗れない。

 アルフレードのマイケル・ファビアーノもとてもいい。端正な声と若々しい容姿で役がらにぴったり。強い声も素晴らしい。

 私は前半、今回の上演をあまり楽しめなかった。ジョルジュ・ジェルモンを歌うトーマス・ハンプソンらの主役以外の人たちの歌唱がかなり不安定で、主役を盛り立てられなかった気がする。ハンプソンにはこれまで何度も見事な声を聴かせてもらったが、歳に勝てないと見えて、声は伸びず、低音の音程も不安定。とても悲しい思いがした。

 演出はヴィリー・デッカー。以前、ザルツブルク音楽祭でネトレプコとヴィリャゾンの出演で話題になったのと同じ演出だ(もちろん、私はDVDを持っている)。人生の残り時間を象徴する大きな時計、生命を象徴する赤、死を象徴する白、生と死の両立を象徴するピンクの椿、ワルツを示す円形(ワルツとかかわることは本編内部のデッカーのインタビューで初めて気づいた)、死神のように第一幕から黙役として登場するグランヴィル医師。ただ、この演出についても、白い舞台の上で礼服を着た合唱団が抽象的な動きをして、生と死のせめぎ合いを行うのは、舞台の華やかさを消してしまうので、第一幕の華やかさを出せない。もちろん、演出意図によってそうしているのだろうが、私としては、やはり第一幕は華やかでないと、生と死というテーマも薄れてしまうように思うし、薄幸のヒロインへの感情移入というイタリア・オペラには大事な要素がそがれる気がする。

 とはいえ、第三幕はさすがに感動的。おそらく演出は最後にすべてを結集するつもりでこのように組み立てたのだろう。第一幕では厚みのありすぎるヨンチェヴァの声に違和感のあった私も、ここでは涙を流して聴いた。

 指揮はニコラ・ルイゾッティ。時々、ぞっとするほど精緻でドラマティック。ただ、全体としてはまとまりの悪さを感じたのだが、私だけだったのか。時々、妙に力が入りすぎる気がした。

 全体として、さすがMETというべきレベルの高さで素晴らしい上演だった。だが、華やかさを抑制し、死を真正面から取り上げようとする異化効果的な演出であるせいもあって、私の好きなタイプの「椿姫」ではなかったように思う。

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東京春祭ワーグナー・シリーズ、「神々の黄昏」 素晴らしい演奏

2017年4月4日、東京春祭ワーグナー・シリーズ、演奏会形式による「神々の黄昏」を聴いた。期待通りの素晴らしい演奏。実を言うと、私の好きなタイプの演奏ではなかったが、しかし、それでもしばしば感動に震えた。

指揮はマレク・ヤノフスキ。これまでこのシリーズでも、しばしば驚異的な指揮をしてくれた。今回もまさしく巨匠。明るくて強靭で透明な音できわめて論理的に音楽を進めていく。しかし、そこにロマンティックなところがあり、歌があり、激しいドラマがある。「ジークフリートの葬送」の部分と終幕の部分の音の絡み合いには酔った。

NHK交響楽団もヤノフスキが指揮をするとウィーンフィル並みになる。すべての楽器が最高度の透明で、美しく、激しいときは激しく、はっとするような美しい音が響いた。キュッヒルが加わるとこのようになるのだろうか(今年の4月からキュッヒルが正式にNHK交響楽団のゲスト・コンサート・マスターになるという。今後が楽しみ)。

ただ、私の好きな「神々の黄昏」は、これほど透明ではなく、これほどスマートではなく、これほど快速ではなく(なんだか、ものすごく速い演奏だったように思う。それぞれの幕が予定時間よりも5分から10分早く終わったように思うのだが)。もっと愛の情念と復讐心と宿命への怒りが展開されるようなものだ。もっとねちっこく、もっと「押しつぶされた魂」を感じるものだ。アルベリヒの激しい情念がハーゲンに受け継がれ、それが暗黒の中で爆発し、最後にそれが浄化されるドラマだ。現代の指揮者ではバレンボイムはそのような音楽を作りだしてくれる。ヤノフスキの音楽は、もっと純音楽的。ねちっこくない。

 歌手は全体的に素晴らしかった。とりわけ圧倒的だったのが、ブリュンヒルデのクリスティアーネ・リボールとハーゲンのアイン・アンガー。リボールは、前半では幸せで若々しいブリュンヒルデを自在に歌いあげ、後半は呪いの女を見事に歌う。昔のビルギット・ニルソンを思いださせる容姿と声。最後の「ブリュンヒルデの自己犠牲」は圧倒された。アンガーも迫力ある声で悪役を見事に歌った。この二人は声量もあり歌い回しものびやか。

ヴァルトラウテを歌う歌手が素晴らしいと思って、あとで配役表を見たら、エリーザベト・クールマンだった。素晴らしいわけだ。張りのある美しい声で、必死にブリュンヒルデを説得する歌いまわしが見事だった。アルベリヒのトマス・コニエチュニーも暗黒の迫力がすごい。出番が少ないのが残念。グンターのマルクス・アイヒェ、グートルーネのレジーネ・ハングラーも素晴らしい。見事な美声でしっかりした歌いまわし。

 ジークフリートを歌ったのはアーノルド・ベズイエン。ディーン・スミスが歌う予定だったのが急きょの代役。きれいで音程のしっかりした声なので好感は持てるが、やはりこれだけのワーグナー歌手に混じると声が弱い。それでもかなりの健闘。代役でこのくらい歌ってくれれば文句はない。第三幕はとても良かった。

ノルンやラインの娘たちとして参加している日本人歌手の金子美香、秋本悠希、藤谷佳奈枝、小川里美も外国人勢にまったく引けを取らなかった。

演奏会形式だが、田尾下哲さんによる映像が映し出されていた。音楽に沿った妥当なもので、音楽の理解を進める役割を果たしていると思うし、映像として楽しめた。

 広瀬大介さんの訳による字幕が使われていたが、かなり凝った言い回しが多く、文語調が使われたり、「あれ、この字、なんて読むんだっけ?」と思ってしまうような難しい漢字が使われたり、「妻問い」という古文で見た記憶のある特殊な用語が使われたりで、かなり存在感を主張する訳文だった。実験的な訳としてはよいと思うし、短い字数でまとめなければならないので大変だと思うが、このような訳が字幕に使われると、私のようなタイプの人間はそこに引っかかってしまって、音楽に没入できなくなってしまう。「原語ではどうなっているんだろう。自分だったらどう訳すだろう」という思いから離れられなかった。字幕なのだから、あまり存在感を主張しないような訳のほうがよいと思うのだが。

 いずれにせよ、素晴らしい演奏だった。来年はウルフ・シルマー指揮、フォークトがタイトルロールを歌う「ローエングリン」が演奏されるという。それも楽しみ。

 この日、上野駅の公園口に到着すると、花見客でごった返していた。少し時間があったので上野公演を回ってみた。満開だった。が、桜よりもごった返す花見客の多さに呆れた。人間に酔いそうだった。

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幻の名歌手ティツィアーナ・ドゥカーティのソプラノに心を揺さぶられた

2017年4月2日、帝国ホテル・プラザでアフタヌーンオペラロビーコンサートを聴いた。ティツィアーナ・ドゥカーティのソプラノ、山口研生のピアノによって春にまつわる歌曲やオペラアリアが演奏された。

 ドゥカーティの第一声から圧倒された。最初の曲はトスティの「四月」。しなやかな美声。吸い込まれるような声の強弱。声量もあり、音程も完璧。素晴らしい歌手だ。次の曲「からたちの花」にも圧倒された。日本語の歌を見事な詩情で歌う。日本語の発音にはちょっとあやふやなところがあったが、それ以上に豊かな詩情がある。よく言われるような日本的な叙情ではない。だが、日本的な湿っぽさがないだけ、いっそう美しく、いっそう抒情的だ。うっとりした。

 トスティの歌曲「薔薇」も中田喜直作曲、加藤周一作詞の「さくら横丁」もよかったが、後半のサンサーンス作曲の「サムソンとデリラ」(きっと近いうちに「サンソンとダリラ」と呼ばれるようになるだろう)のアリア「私の心はあなたの声に花開く」に私は鳥肌が立つ感動を覚えた。メゾ・ソプラノで歌われるのはこれまで何度も聴いてきたが、ソプラノで歌われるのを聴いたのは初めてかもしれない。エロティシズムと清純さが交差して、ものすごい迫力。何度も魂がゆすぶられた。涙が出そうになった。

マスカーニの「友人フリッツ」のアリア「このわずかな花を」、ピエール・アドルフォ・ティリンデッリの「春よ」(この歌は初めて聴いた)も素晴らしく伸びる声で、最高に美しかった。アンコールは「アドリアーナ・ルクヴルール」のアリア。これも見事。

 ティツィアーナ・ドゥカーティはイタリアのトリノの出身。7つの国際コンクールで優勝し、将来を嘱望され、20年ほど前に来日し、現在、日本在住だという。私は日本在住の歌手がこれほど完成度の高い歌を歌うのを聴いたことがない。世界で大活躍するにふさわしい歌だと思う。いや、世界最高レベルの歌だと思う。容姿も美しい。まさに幻の名歌手。

 私が初めてドゥカーティの歌を聴いたのは昨年の10月だった。応援している人に薦められて半信半疑で聴きに行った。素晴らしい声だった。だが少し一本調子だと思った。だが、今日は違う。一本調子どころか、歌心があり、ドラマがあり、抒情があり、エロスがある。何度も心をゆすぶられた。

 終演後、ドゥカーティさんと少し話をした。私もこの世界的歌手の応援をしたいと心から思った。日本のオペラ界でぜひとも大活躍してほしい。

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最近見たオペラ映像「アルミーダ」「恋愛禁制」「後宮からの誘拐」

 年度末になり、大学の授業も終わり、様々の行事もほぼ終わって、やっと時間的余裕ができた。いくつかオペラ映像をみたので感想を記す。

 

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ロッシーニ 「アルミーダ」201511月 フラーンデレン歌劇場

 先ごろ、アルベルト・ゼッダが亡くなった。つい昨年の12月に東京で『テーティとペレーオの結婚』を指揮したばかり。残念ながら、この日の演奏は聴かなかったが、NHKの放映をみた。89歳にしては驚くほど元気に見える。

 そのゼッダが一昨年指揮したロッシーニの初期のオペラ。METのルネ・フレミングがタイトルロールを歌った映像を見たことがある。METのものに匹敵するほど素晴らしい。

 アルミーダを歌うカルメン・ロメウがまさしく体当たりの歌と演技。第一幕では少し不安定に聞こえたが、それ以降は尻上がりによくなって美しく妖艶で恐ろしいアルミーダを歌う。最終幕は息をのむほどの迫力。リナルドを歌うエネア・スカラも伸びのある声と見事な容姿。

ジェルナンドとウバルドの二役を歌うロバート・マクファーソンの声が少しかすれ気味だが、全体的にはきれいな声。ゴッフレードとカルロを歌うダリオ・シュムンク、イドラオテとアスタロッテと歌うレオナルド・ベルナードもみごと。

そして、なによりゼッタの指揮にメリハリがあり、ドラマティックでとてもいい。演出はマリアーメ・クレメント。戦場の英雄を競技場の英雄に置き換えての演出であって、古代の魔女の話ではなくなっている。競技場の英雄が色香に迷って練習を怠っていたが、また頑張り始めた・・・といった雰囲気の物語になっていて、ちょっと拍子抜け。

 

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ワーグナー 「恋愛禁制」 2016年 マドリード王立歌劇場

 ワーグナーの最初のオペラ「恋愛禁制」をはじめてみたのは、20年近く前、東京オペラプロデュースによる上演だったと思う。なかなかおもしろいと思った記憶がある。場面はシチリア。恋愛を禁止した権力者をみんなで痛めつける話。

 何も知らずに聞いたら、ワーグナーの影響を受けてドニゼッティがドイツ語で作った、あまり成功しなかったオペラ?・・・とでも思いそう。ちょっとワーグナーっぽい。ライトモティーフらしい手法も使われる。ワーグナーのオペラのどこかで聴いた記憶のあるメロディや和音も時々あらわれる。ドニゼッティの名作といえないオペラと同じくらいに楽しめる。

 イザベラのマヌエラ・ウール、フリードリヒのクリストファー・マルトマン、ルチオのペーター・ロダール、クラウディオのイルカー・アルジャユィレクなど、歌手はそろっている。歌だけ聴くと少々不満かもしれないが、みんな容姿がいいし、演技もうまいので、映像で見ると満足できる。

 演出はカスパー・ホルテン。喜劇性を表に出し、色鮮やかでにぎやかな舞台になっている。カーニバルの場面では、わいわいがやがやととても楽しい。わかりやすくて、楽しくて、人物をうまく描いている。ホルテンの演出は、コペンハーゲンの「リング」をはじめいくつか見た記憶があるが、いずれも素晴らしかった。とてもいい演出家だと思う。

指揮はアイヴァー・ボルトン。ザルツブルク音楽祭でも何度かこの人の演奏を聴いた。地味な雰囲気だが、しっかりしたドラマティックな音楽を作る指揮者だ。とても楽しく聴けた。

 

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モーツァルト 「後宮からの誘拐」1980年 バイエルン国立歌劇場

 昨年、グルベローヴァ来日の際、まだ見たことのないグルベローヴァのDVDを探している際にこのオペラを見つけて購入していたが、そのままになっていた。指揮はベーム。ベルモンテのフランシスコ・アライサ、オスミンのマルッティ・タルヴェラ、ブロンデのレリ・グリストなど、70年代、80年代のオペラに親しんだ人間には実に懐かしい顔ぶれ。

ただ、今聴くと、アライサとグリストはちょっと不安定。ペドリッロ役のノルベルト・オルトも弱い。しかし、タルヴェラは堂々たる声でさすが。やはり圧倒的なのは、グルベローヴァ。若々しく張りのある声で、コロラトゥーラに輝きがある。一人だけ図抜けている。

演出はアウグスト・エファーディング。現代からすると、あまりに何事もない。ベームの指揮については、冒頭部分は軽やかでしなやかで素晴らしいが、後の法で少しもたついている部分を感じた。とはいえ、オーケストラの演奏は全体的にとても満足。

 

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METライブビューイング「ルサルカ」 まるでワーグナーのようにドラマティック

東銀座の東劇でMETライブビューイング「ルサルカ」をみた。あっと驚く演奏と演出だった。私の考えている「ルサルカ」とかなり異なっていたので初めは戸惑ったが、最終的には納得し、大いに感動した。

まずマーク・エルダーの指揮によるオーケストラの音に驚いた。私のこれまで聴いてきたメルヘンっぽい音楽ではなく、濃厚なロマンティシズムを感じさせる。インタビューでエルダー自身が語っていたが、まさにワーグナーの影響の強さを感じさせる音楽。ドラマティックで鋭利でもある。しかも、メアリー・ジマーマンによって進んでいくストーリーは、愛に一途ではあるが、愛する人を死へと引きずり込む魔性の女の物語でもある。私の「ルサルカ」のイメージが大きく転換させられた。

ルサルカを歌うのはクリスティーヌ・オポライス。数年前にメトロポリタン歌劇場のライブビューオングで見たルネ・フレミングの歌うのとはまったく異なって、激しさ、暗さを表に出したドラマティックな歌唱。まるでサロメかクンドリのような雰囲気。声、そして声の表現力に加えて演技も見事、容姿もあまりに美しい。王子のブランドン・ジョバノビッチも見事な声。オポライスに匹敵する。

イェジババのジェイミー・バートンもヴォドニクのエリック・オーウェンズもエネルギッシュで凄みを感じさせる歌唱。そしてなにより外国の王女カタリーナ・ダライマンがとてつもない声を聴かせてくれる。現代考えられる最高の布陣だろう。妖精たちを含めて、登場する歌手全員が見事に歌い、見事に演じる。そして、ダンサーなどの黙役も最高のパフォーマンス。森の中も城の中も舞台装置も存在感があり、色彩的にも芸術そのもの。

第三幕は感動に震えた。ルサルカは王子を死へといざなう。まるでトリスタンとイゾルデ。指揮のエルダーも演出のジマーマンも間違いなくそれを意識していただろう。死の中で結実する愛を歌い上げる。しかも、それは幸せな未来を歌うのではなく、暗い情念、現実の生からあふれ出る激しい生を含んでいる。ルサルカと王子の歌唱は素晴らしかった。

なるほど、このオペラをそう捉えることもできる。このような解釈を、贅沢な舞台装置を使って楽しいパフォーマンスにしてしまう演出家、演奏家の力量、そしてメトロポリタン歌劇場の実力に感服した。

「ルサルカ」はかなり好きなオペラだ。30年以上前、ルチア・ポップの歌うアリア集のCDで「月に寄せる歌」を知って、その後、全曲盤CDも何組か購入、プラハ国立歌劇場(だったかな?)の日本公演もみたし、新国立劇場での公演もみた。が、モーツァルトの「魔笛」やヤナーチェクの「利口な女狐の物語」をみるときと同じような「わからなさ」を常に感じてきた。私の頭の中でストーリーがうまく整理できない。それぞれの人物が何を狙っているのか掴めない。場面のいくつかに整合性がないように思える。ルサルカの歌う「月に寄せる歌」と父ヴォドニクが第二幕歌うアリアのメロディがあまりに似ているのも不思議な気がする。不思議なところだらけのオペラだった。

 今回、ライブビューイングをみて、ヒントをもらった気がする。ただまだよくわからない。もう一度、対訳をよく読んで、私なりに整理してみたい。

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新国立「ルチア」 オルガ・ペレチャッコにただただ驚嘆

2017318日、新国立劇場で「ルチア」をみた。とてつもないルチアだった。声の饗宴に圧倒された。

 ルチアを歌うオルガ・ペレチャッコ=マリオッティ(ちょっと前まで、単にオルガ・ペレチャッコと呼ばれていたと思うが、今回、名前のうしろに「=マリオッティ」が加わっている!)がものすごい。前半は抑え気味だったと思う。少しも声を張り上げない。だが、それでも美声がビンビンと響きわたる。音程が完璧で、声のコントロールも素晴らしい。清らかで繊細で知的な歌いまわし。

 私はこの人の「四つの最後の歌」をフランスのナントでのラ・フォル・ジュルネで聴いた記憶がある。2011年のことだ。その時、初めてペレチャッコの名前を知り、その力量に驚いたのだった。あれから6年。押しも押されもしない大歌手になっていた! 狂乱の場などただただ圧倒され、驚嘆して聴くばかりだった。狂乱の場に入る少し前だったと思うが、2回ほど声のかすれが聞き取れたので少し心配したが、最後まで見事な声で歌い切った。すごい!

 エドガルドのイスマエル・ジョルディも素晴らしい声。エンリーコのアルトゥール・ルチンスキーもそれに全く劣らない。主役格の三人の外国人歌手は世界最高といえるのではないか。これ以上の「ルチア」は世界でもなかなか聞けないだろうと思った。

 日本人歌手たち(ライモンドの妻屋秀和、アルトゥーロの小原啓楼、アリーサの小林由佳、ノルマンノの菅野敦)も健闘していたが、三人の外国人歌手に比べると、やはりかなり分が悪い。それほどまでに三人、とりわけオルガ・ペレチャッコ=マリオッティは圧倒的だった。

 オケは東京フィルハーモニー交響楽団、指揮はジャンパオロ・ビザンティ。手堅くまとめている様子。東フィルもとても素晴らしかった。第一幕では少し歌と合っていないところがあったが、その後、どんどんと調子を上げてきた。演出はジャン=ルイ・グリンダ。CGを使ったきれいな舞台だった。ルチアはアルトゥーロを殺した後、その生首を槍にさして登場。ここまで血なまぐさい演出は初めてみた気がする。

 狂乱の場でふだんはフルートで演奏されるルチアの伴奏をグラスハーモニカ(というか、正確にはヴェロフォンというらしい)で演奏された。音程が不安定で、いかにも狂気じみている。

 オルガ・ペレチャッコ=マリオッティの繊細な美声が今も耳に残っている。

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エリシュカ+札響のブラームス 感動に震えた

 2017314日、東京芸術劇場で札幌交響楽団東京公演を聴いた。指揮はラドミル・エリシュカ・曲目は、前半にメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」とシューベルトの交響曲第5番、後半にブラームスの交響曲第1番。

 エリシュカは大好きな指揮者の一人だ。以前から札響との名演奏の様子を伝え聞いていたが、2010年に東京フィルとの演奏による「新世界」を聴いて驚嘆。それ以来、東京公演はできるだけ聴くことにしている。今回も予想にたがわぬ素晴らしい演奏。何度も何度も感動した。

 きわめてオーソドックスな解釈だと思う。遅めのテンポでじっくりとしっかりと鳴らしていく。地に着いた音。本物だけが持つ響きとでもいうか。札響の音も実に美しい。弦楽器も美しいし、オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴットがとてもいい。あわてず騒がずに音楽が展開され、渋くてロマンティックで暖かくて芯の強い響きが広がっていく。

「フィンガルの洞窟」が始まった時、あまりにじっくりとした足取りだったので、メンデルスゾーンらしくなかった。エリシュカのメンデルスゾーンを聞くのは初めてだったので、もしかしたらエリシュカはメンデルスゾーンには向いていないのかと思った。だが、聴き進むうちに納得する。地道でしっかりした足取りのメンデルスゾーンがあってもいい。これも確かにメンデルスゾーンだと思える。タメを作ってスケール大きく演奏するが、それがこけおどしに聞こえない。シューベルトの第5番も一歩一歩確かめるような演奏。確かに若々しさはないが心に染み入る。

 やはりブラームスが圧倒的に素晴らしかった。スケールが大きく、広がりがある。ホルンから何度か妙な音が聞こえたのが気になったが、全体的には札響の音の美しさに改めて驚いた。しなやかで深い音。エリシュカの出したい音を出している。とりわけ第4楽章は圧巻。感動に震えた。

 アンコールはドヴォルザークの「ユモレスク」。アンコールだからということだろう、表情を強調してメリハリをつけた演奏。だが、音がしっとりしているので、少しも大袈裟にならないところがさすが。

 エリシュカは巨匠だと思う。本当に良い音楽を聴かせてもらった。

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風の丘HALL「マノン・レスコー」 かなり感動してしまった・・・

 2017312日、千葉市にある風の丘HALLで、「マノン・レスコー」をみた。素晴らしい上演だった。

 風の丘HALL85席のオペラ劇場で、ピアノ伴奏ながら、日本最高レベルのオペラ公演を続けている。今回もこれまで同様の高いレベル。これだけのレベルを毎回続けることはまさしく驚異だと思う。

 何を隠そう、私はかなりのプッチーニ嫌いだ。だから、このオペラもこれまで一度もきちんと見たことも聴いたこともない(何度か録音を聴き始めたり、映像を見始めたりしたことはあるが、いつも途中でやめてきた)。今回も楽しめないのではないかと少々心配だった。が、見ているうちにぐいぐいと引き込まれていった。

 デ・グリューの上本訓久は素晴らしく張りのある声。第3幕は圧巻だった。マノン・レスコーは平野雅世。弱音を上手に使って迫力ある歌唱。レスコーの飯田裕之はドスの効いた深い声で、憎たらしい遊び人を上手に演じていた。ジェロンテの松山いくおは歌も見事だし、演技者としても超一流。エドモンドの笹岡慎一郎、旅籠の主人の小幡淳平も安定している。小さい劇場なのだから、こんなに声の威力にものを言わせようとしなくてもよかろうと思わないでもないが、ともかく力演が続く。第三幕の娼婦の名前が読み上げられながら歌われる四重唱はとりわけ素晴らしかった。

ピアニスト伴奏は村上尊志。聴いているうち、私が嫌いなのはプッチーニのオーケストレーションであることを確認した。つまり、ピアノ伴奏だと、それほど気にならない。ただ、私には演奏について語る資格はない。

演出は三浦安浩。このオペラについて私はほとんど何も知らないので、ただ感心してみていただけだった。舞台背景に女性の写真が並べられているので何かと思っていたら、第三幕で登場する娼婦たちという設定だった。その中に一枚だけ、現代の女性ではない彫像のような写真が紛れ込んでいた。もしかしてマグダラのマリア? マノンを現代のマグダラのマリアにみたてているということだろう。愛を貫き、何度か裏切りながらも最後には若い時代のデ・グリューへの愛に殉じた聖女ということなのか。マノンはしばしば手鏡を見る。そこに青春の輝きをみるかのように。

あろうことか、このプッチーニ嫌いの私が、第三幕以降は感動し、夢中になってみた。プッチーニ嫌いでなければ、きっともっと感動したのだろう。

とはいえ、やはりプッチーニには納得できないところがたくさんある。音楽によって情緒に訴えかけられる気がして私としてはどうも居心地がよくない。それに台本にも大きな欠陥がある気がする。かなり感動しながらも、きっと私がプッチーニ好きになることはなさそうだとは改めて思った。

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