音楽

飯田みち代 ソプラノ・リサイタルを堪能

2017128日、王子ホールで飯田みち代 ソプラノ・リサイタルを聴いた。とても良かった。飯田さんの表現力にも感服。しばしば感動した。ゲストの彌勒忠史(カウンターテナー)の力にも圧倒された。ピアノは前田佳世子。

飯田さんとは何度かお仕事をご一緒したことがある。私が飯田さんのコンサートを企画し司会をした。多摩大学のゼミのコンサートをお願いしたこともある。「ダメ元」でお願いしてみたら、快く引き受けてくださった。私は最初に飯田さんの歌を聴いた時からの大ファンだ。とりわけ、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」はまだ耳に残っている。芸術大賞をとった「メデア」のタイトルロールの素晴らしさも昨日のことのように覚えている。そして、今回、もう一つ上のレベルに達したことを実感した。

ほとんどはバロックの曲。カッチーニの「アマリッリ」「愛の神よ、何を待っているのですか」、ヴィヴァルディの歌劇「ポントの女王アルシリダ」より「私はジャスミン」など。飯田さんの声と表現力はロマン派にこそ発揮されると思っていたのだが、バロック曲を清澄でありながらもダイナミックに歌って、みごとに表現していた。清澄さの中に凄みを宿らせ、それを徐々に展開していく。こんなことを言うとあまりに僭越だが、飯田さんはバロックを深めることによって、ますます深い表現力を身に着けたと思った。彌勒さんとのデュオによる『ポッペアの戴冠』より「ただあなたを見つめ」はとりわけ素晴らしかった。

が、やはり、わたしは飯田さんのロマンティックな歌唱が好きだ。『ジャンニ・スキッキ』の「私のお父さん」もよかったし、ギュスターヴ・シャルパンティエの『ルイーズ』の「その日から」はまさしく圧巻。バロック曲で少し抑制してきた飯田さんの持ち味を全開! 私はワーグナーに反応するように、飯田さんの歌に反応する。時々ゾクッと魂が震える。私の心の奥にある「琴線」をかき乱される。後半の『セヴィリアの理髪師』の「今の歌声は」も素晴らしかった。

そして、彌勒さんの太いカウンターテナーによる「オンブラ・マイ・フ」にもしびれた。彌勒さんの声を聴くのは初めてではないが、こうしてソロやデュオを間近で聴くと、改めて音程の良さ、声の太さに圧倒される。

バッハのロ短調ミサのデュオも素晴らしかった。最後は、ヘンデルの『リナルド』から「私を泣かせてください」、そして、アンコールは「きよしこの夜」。堪能した。

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ゲルギエフ+マリインスキーの「展覧会の絵」と「運命の力」序曲に圧倒された

 2017125日、武蔵野市民文化会館でワレリー・ゲルギエフ指揮、マリインスキー歌劇場管弦楽団の演奏を聴いた。曲目は、前半にプロコフィエフの交響曲第6番、後半にドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」とムソルグスキー作曲・ラヴェル編曲の「展覧会の絵」。

 前半は少々不満だった。ダイナミックで切れの良いところがしばしばあるのだが、なんだかザツな感じ。ビシッと決まらない。私がこの曲に特に思い入れがないせいかもしれないが、少しも感銘を受けなかった。休憩が終わって、ドビュッシーが始まっても、初めのうちはさほど印象は変わらなかった。もちろんハッとするところはたくさんある。が、ドビュッシーらしい繊細で微妙な音の重なりが聞こえてこない。

 ところが、「展覧会の絵」が始まってから、俄然おもしろくなってきた。ゲルギエフの魔法が威力を発揮し始めた。オーケストラの威力も十分に発揮されてきた。何しろ金管がすごい。ロシアのオーケストラ特有のきらびやかでとてつもなく強靭な響き。とりわけトランペットがいい。細かいところもぴたりと決まるようになってきた。ゲルギエフの指の動きに応じて、オーケストラの音が生命を持ち、うごめき、躍動してきた。ただ、少し気になったのは、いかにも「組曲」になって曲と曲の有機的につながっていないような気がしたこと。が、「展覧会の絵」については、私はそれほど聴きこんだわけではないので、これでいいのかもしれない。

 アンコールは「運命の力」序曲。これはすさまじかった。ゲルギエフの魔法が全開。オーケストラも素晴らしい。音のドラマが躍動し、一つ一つの音がぴたりと決まり、フレーズとフレーズのつなぎも実に自然。目の前で宇宙的ドラマが展開される思いがした。うーん、ゲルギエフはやはりすごい!

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アトリウム弦楽四重奏団 とんがったチャイコフスキーにびっくり!

 2017121日、横浜市鶴見区にあるサルビアホールでアトリウム・ストリング・クァルテットのコンサートを聴いた。凄まじい演奏。驚くべき技巧、音程がよく、クリアで明晰。エベーヌ弦楽四重奏団やモディリアニ弦楽四重奏団と同じタイプといってよいかもしれない。ただ、ロシア出身の四人であるせいか、フランス系の人たちよりももっと不思議な偏りがある。それがとても魅力的だ。

 最初はブラームスの弦楽四重奏曲第1番。第1楽章と第4楽章の音の重なりの鮮烈さに魂が痺れた。勢いのある音でこれでもかと鋭くて透明な音を重ねていく。素晴らしい。第一ヴァイオリンのボリス・ブロフツィンがめっぽううまい。ただ第2楽章と第3楽章は、ややもたれ気味だった。緩徐楽章の緊張感の持続の欠如という点で課題が残るのではないかと思った。

 2曲目はヴィトマンという1973年生まれのドイツの作曲家の弦楽四重奏曲第3番「仮の四重奏」。四人そろって弓を大きく振り、「ハイ」と叫んでから演奏が始まり、曲の途中でも叫び声が入る。そして、リズミカルで激しくて、しかも様々な弦の現代音楽的な奏法を使った音楽が展開される。とはいえ、聴いていて飽きない。メンバーのテクニックにも驚いた。

 そして、後半はチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番。始まってすぐ、「あれ? チャイコフスキーが演奏されるはずだったのに、別の曲が始まったのかな?」と思った。チャイコフスキーの音がしない! 物憂げな抒情がない。独特の「チャイコフスキー節」がない。まるで現代音楽のような鋭角的な音楽。まるで顕微鏡で見たような分析的な音楽とでもいうか。しばらくして、やっと間違いなくチャイコフスキーの曲だと気づいた。チャイコフスキー好きはこのような演奏に不満を持つかもしれない。が、私のように、時々チャイコフスキーの浪花節的な思い入れに辟易する人間には、このようなアプローチは新鮮でいい。しかも、これはこれできわめて知的でクールな抒情がある。時々ぐいぐいと心に刺さる。

 アンコールはボロディンの弦楽四重奏曲第2番第3楽章、あの有名な「ノットゥルノ」。あのゆったりとした夜の叙情は聞こえてこないが、先鋭的な抒情がそれはそれでとても魅力的。とてもおもしろいと思った。

 もっとも感動したのは最初のブラームスの弦楽四重奏曲第1番だった。それ以外の演奏について手放しで素晴らしいという気はないが、とてもおもしろく、とても興味をひかれる演奏だった。

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新国立劇場「ばらの騎士」 感動には至らず

 20171130日、新国立劇場で「ばらの騎士」をみた。一昨年観たのと同じジョナサン・ミラーの演出だが、今回は今日が初日。なかなかよかった。

 指揮はウルフ・シルマー。勢いのある演奏。ところどころはっとするような切り込みがある。東京フィルもよくついており、大きなミスはなかったと思うが、シュトラウスにふさわしい精妙で絶妙の音楽にはあと一歩というところだった。

 歌手はそろっている。私はその中でも、オックス男爵のユルゲン・リンとゾフィーのゴルダ・シュルツがとりわけ素晴らしいと思った。二人とも声量があり、表現力がある。シュルツを聴いたのは今回が初めてだと思うが、太い声だが、高音がとても美しい。南アフリカ出身の若いソプラノ。今後がとても楽しみだ。

 元帥夫人のリカルダ・メルベートももちろんいいのだが、もう少し繊細な方が私の好みだ。オクタヴィアンのステファニー・アタナソフは、第一幕の途中から突然素晴らしくなった。容姿もいいし、声もきれい。ただちょっと演技力に問題がありそう。クレメンス・ウンターライナーは生真面目で硬直したファーニナルを見事に歌っていた。

 マリアンネの増田のり子、ヴァルツァッキの内山信吾、アンニーナの加納悦子、警部の長谷川顯などの日本人メンバーもとてもよかったが、やはり世界レベルの外国人スター歌手と比べると、少々ひ弱な印象を受けざるを得なかった。

 第三幕の三重唱は、もちろん悪くはなかったが、少しオーケストラの音が大きすぎて声がかき消された印象を受けた。オケをもりあげたかったのはわかるが、もう少し声の精妙さを味わいたかった。その後の愛の二重唱はとても良かったが、ここも感動に酔いしれるまでには至らなかった。あと少しのオーケストラの精度がほしいと思った。きっと、回を重ねるごとに精度が増していくのだろう。

「ばらの騎士」は、中学生のころから、つまり50年以上前から大好きなオペラだ。もう少し感動したかったが、これほどのレベルの上演が日本で日常的に行われるようになったことに改めて気づいた。50年前には考えられなかったことだ。

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東京二期会オペラ劇場「こうもり」 見事な声と演技 

20171123日、日生劇場で、ベルリン・コーミッシェ・オーパーとの提携による東京二期会公演「こうもり」をみた。

指揮は阪哲朗、演出はアンドレアス・ホモキ。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団、合唱は二期会合唱団。

とてもおもしろかった。とても楽しかった。堪能した。

まず、演出がおもしろいし、美しい。すべてがファルケの仕掛けという設定になっている。オルロフスキーもファルケの仕立てた女優だということがしばしばほのめかされる。第一幕から最後まで舞台の変更なしだが、むしろ自然に感じる。色遣いも美しく、舞台は豪華な雰囲気が出ている。

歌手たちもそろっている。しかも、みんな実に芸達者。とりわけ、アイゼンシュタインの又吉秀樹のあまりのうまさにびっくり。途方に暮れる様子などを、実に生き生きと演じ、歌ってくれる。ロザリンデの嘉目真木子も美しい声と見事な演技。容姿も美しくロザリンデにふさわしい。オルロフスキーの和田朝妃もこの不可解な役柄を素晴らしい声で歌ってのけた。アデーレの三井清夏も美しい声と可憐な演技。ただ、オケと合わないことが何度かあったのが気になった。フランクの杉浦隆大もアルフレードの吉田連も、ファルケの小林啓倫もブリントの大川信之もすばらしい。文句なし。

フロッシュを演じたのはイッセー尾形。アドリブを多く混ぜ、センスのいい笑いをふんだんにみせてくれた。この人がいなかったら、この舞台はかなり違ったものになったかもしれない。私は、故・坂上二郎さんや桂ざこばさんがこの役を演じるのを見たことがある。今回は一味違って、ちょっと下品でありながら、ちょっと知的だった。

日本人が「こうもり」を演じると、往々にして田舎くさくなり、しゃれた雰囲気がなくなる。それなのに、今回、最高レベルの上演になったのは、ホモキの演出の力もあるかもしれない。客席から笑いが途切れなかった。

ただ、私は阪哲朗の指揮については、もっと躍動的であってほしいと思った。あまりに安全運転で、しかも歌手と合わないところがあった。もしかしたら、練習の時間が取れなかったなどの事情があるのかもしれない。きっと、このキャストによる2度目の上演では改善されていると思う。

とはいえ、満足。このところの日本のオペラ界の発展を本当に頼もしく思う。「こうもり」をこれほどのレベルで上演できるなんて、少し前まで考えられなかったことだ。

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フェドセーエフ+チャイコフスキーSO 苦手なタイプの演奏だった

20171114日、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮によるチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧モスクワ放送交響楽団)の演奏を聴いた。曲目は、前半にボロディンの「イーゴリ公」より「ダッタン人の踊り」と三浦文彰が加わってのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。後半にはショスタコーヴィチの交響曲第5番。

フェドセーエフの指揮を実演で聴くのは初めてだと思う。もしかしたら、1980年代に聞いたことがあるかもしれないが、あまり記憶にない。今回聴いて、私の最も苦手なタイプの指揮者だと思った。オーケストラをあまり抑制しないで、自由に演奏させるタイプだと思う。私はこのような演奏を「野放図」と感じてしまう。高い評価を得ている指揮者の中にこのような演奏をする人がかなりいるので、きっとこれは私が主観的に受け付けないだけなのだと思うが、受け付けないものはどうにもならない。

チャイコフスキーの協奏曲は先日、ギル・シャハムとネルソンス指揮のボストン交響楽団の演奏で聴いたばかりだったが、かなり大きな差があると思った。ギル・シャハムはもっと雄弁でもっとずっと自在だった。三浦はまだ十分に自分らしい表現ができずにいるのを感じる。まだこれからの人だと思う。

後半のショスタコーヴィチに期待していたのだが、私にはこれも不発だった。抑制がないので、爆発もない。少なくとも私は緊張感も厳しさも感じなかった。

アンコールは知らない曲とチャイコフスキーの「白鳥の湖」の中の曲とのこと。これはオーケストラの息の合った演奏で見事だった。アンコールが一番良かった。

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ブロムシュテット+ゲヴァントハウスの「ドイツ・レクイエム」に感涙した

  20171113日、NHKホールでNHK音楽祭公演、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮によるライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で、ブラームス「ドイツ・レクイエム」 作品45を聴いた。素晴らしい演奏。感動した。

 ブロムシュテットは90歳。さすがのブロムシュテットも老いたという話を聞いていたが、実際に聴いてみると、かつてのように若々しい。オーケストラを完璧にコントロールし、徒にドラマティックにすることもなく、徒にロマンティックにすることもなく、明晰に論理的に構成していきながら、聴くものを感動に導く。明るめの音できびきびしており、しかも細かいニュアンスも素晴らしい。いったいこの人は90歳になってまでも、なぜこんな音楽を作ることができるのだろう。もはや一つの神秘としか思えない。

 そして、言うまでもなくそれに応えるゲヴァントハウス管弦楽団が本当に美しい。弦はもちろんいいが、木管の美しさにほれぼれした。アンサンブルも見事。抑制されたリリシズムを見事に描き出す。

 ウィーン楽友協会合唱団も圧倒的な声を聴かせてくれた。音程がいいということだろうか、完璧な和音をなし、音が澄み切っていて潤いがある。これほど美しい合唱はめったに聴くことができない。

 独唱のミヒャエル・ナジ(バリトン)とハンナ・モリソン(ソプラノ)もよかった。とりわけ、ナジはきれいな声で知的な歌い回し。モリソンはちょっとだけオケと合わないところを感じたが、全体的には清澄な声でしっかりと歌ってすばらしい。

 ともかく、全体的に素晴らしかった。これまで実演で聴いた「ドイツ・レクイエム」のうち、バレンボイム、シカゴ交響楽団が最高だと思っていたが、今回は間違いなくそれ以上に感動した。何度か魂が震えた。何度か涙が出てきた。

 改めて、「ドイツ・レクイエム」の音楽の素晴らしさも痛感した。

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ダムラウ 当代随一の声の美しさ

 20171110日、サントリーホールでディアナ・ダムラウ&ニコラ・テステ オペラ・アリア・コンサートを聴いた。素晴らしかった。

 ダムラウは圧倒的に素晴らしい。「セヴィリアの理髪師」「ロメオとジュリエット」「清教徒」「ディノーラ」「椿姫」の有名なアリア。まさしくコロラトゥーラ・ソプラノの定番曲。高音の美しさ、声のコントロールは当代随一ではないか。現在のグルベローヴァよりもネトレプコよりも、声の美しさという点ではダムラウのほうが上ではないのか。完璧な音程でクリアに最高に美しい声が響く。声を聴くだけで魂が震えるほどにすごい。ネトレプコのように感情豊かではないが、声の技術によって聴衆を引き付ける力を持っている。

 バス・バリトンのテステもとてもよかった。「セヴィリアの理髪師」のドン・バジーリオのアリアはちょっと伸びが足りないと思ったが、「ドン・カルロ」のフェリペ王のアリア、「さまよえるオランダ人」のダーラントのアリア、「ひとり寂しく眠ろう」は深く余裕のある声でみごと。

 ただ、私はパーヴェル・バレフの指揮については大いに疑問を抱いた。東京フィルハーモニー交響楽団はよくついていたが、私の最も嫌いなタイプの指揮だ。音をコントロールしないで、野放図に鳴らす。一本調子になり、ニュアンスが欠けてしまう。大きな音を出すが、ニュアンスがないので迫力を感じない。冒頭の「セヴィリアの理髪師」序曲も勢いがなかったし、「さまよえるオランダ人」の序曲は耐えがたく感じた。「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲もあまりに平板。オーケストラ曲が5曲演奏されたが、それほど多く演奏する必要はあったのだろうか。

 それと、全体的に音が十分に響かないのを感じた。2011年に東京文化会館でメトロポリタン歌劇場の来日公演「ルチア」をみた時、ダムラウの声量、元気いっぱいの声に圧倒された。それに比べると、音量が小さい。意識的なのか、それとも席のせいなのか。私は2階席だったが、もっと前方で聴けば、もっと声に酔えただろうと思った。

 アンコールは3曲。ダムラウによる「春よこい」と「ポギーとベス」の二重唱、最後にダムラウの「ジャンニ・スキッキ」のアリア。とりわけ、「ジャンニ・スキッキ」は絶品。感動した。本当に美しい声! 終演は2150分くらいだった。

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日生劇場「ルサルカ」 素晴らしかった!

2017119日、日生劇場でドヴォルザークのオペラ「ルサルカ」をみた。素晴らしかった。日本のオペラ界の充実は目を見張るほどだ。

歌手全員がそろっている。その中でも、やはりルサルカの田崎尚美が圧倒的だと思った。澄んだ声で音程もよく、声量も十分。容姿も見事。悩めるルサルカを見事に演じて見せてくれた。そのほか、イェジババの清水華澄がよく通る声で、得体の知れない魔女役を魅力的に聴かせてくれた。森番のデニス・ビシュニャも料理人の少年の小泉詠子も申し分ない。リズム感が良く、道化役をうまく演じている。三人の森の精(盛田麻央・郷家暁子・金子美香)もとてもよかった。このオペラを冒頭からレベルの高い上演にしたのは、この三人の功績といってもおいいだろう。

 王子の樋口達哉もとてもよかったが、私としては、ちょっとイタリアオペラ風すぎる気がした。私は王子にもう少し違うイメージを持っている。もっと孤独な王子の姿を描いてもよかったのではないかと思う。ヴォドニクの清水那由太も太い見事な声。外国の公女の腰越満美も妖艶で素晴らしい。狩人の新海康仁も文句なし。

 そして、それ以上に驚いたのは、指揮の山田和樹の力量だった。私の席からは山田の指揮ぶりがはっきり見えたが、わかりやすい指示をだし、的確に表情をつけていくのに畏れ入った。オーケストラ曲の語り口のうまさはよく知っているが、オペラまでもこれほどドラマティックに、そして抒情的に描き切るとは! 読売日本交響楽団も素晴らしかった。これほどオーケストラがいいと、安心してドラマに浸れる。演出は宮城聰。簡素な舞台で、特に目新しい解釈は感じないが、妖精の世界の神秘を十分に出している。東京混声合唱団の合唱も取れもきれいだった。

 ただ、「ルサルカ」をみるたびに思うのだが、私はまだ子の台本も音楽もよくわからない。納得できないところがたくさんある。もっとも不思議に思うのは、ルサルカの有名なアリアも、その後の歌も、そしてヴォドニクのアリアも、とても雰囲気が似ていることだ。メロディ線も似ている。そして、王子のキャラクターも外国の公女の位置づけも明確でない気がする。そのため、全体がぼやけてしまう。もちろん、とても美しい音楽だと思うし、私はこのオペラが大好きで、上演されるごとにみているのだが、それでも謎が残ったままだ。

 ともあれ、日本人中心のキャストでこれだけのレベルのオペラが上演できるようになっていること、そして山田和樹がオペラまでの素晴らしい指揮をしてくれることを確認して、今日は大変満足だった。

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ネルソンス+ボストン ショスタコーヴィチの凄まじさ

 2017117日、サントリー・ホールでアンドリス・ネルソンス指揮、ボストン交響楽団のコンサートを聴いた。曲目は、ギル・シャハムが加わってのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と、ショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」。とりわけ、ショスタコーヴィチはものすごい演奏だった。

 やはりオーケストラが見事。アメリカのオケの機能とヨーロッパ的な伝統美を併せ持っているのを感じる。弦楽器の音の美しさにまず驚き、管楽器の音の勢いにも驚いた。さすが。そして、ネルソンスの指揮も素晴らしい。スケールが大きく、ダイナミックに音を動かす。細かいニュアンスもあるので、大味にならない。エネルギッシュで豊穣。以前、バイロイト音楽祭の「ローエングリン」を聴いた記憶がある。悪くはなかったが、それほど感心した記憶はない。が、今回、チャイコフスキーを聴いて真価を知った。ただ、チャイコフスキー的な陰鬱で甘美で情熱的な雰囲気は少し欠ける。やはり、かなりアメリカ的なチャイコフスキー。あけっぴろげなチャイコフスキー。

 ヴァイオリンのシャハムも音の刻みが鮮烈。情熱的でアクセントが強いが、不自然なところがなく、ぐいぐいと音楽を引っ張っていく。ただ、これもチャイコフスキー的な情緒はない。あけっぴろげというのは違うが、抑圧された世界での情熱の爆発がない。しかし、それはそれでとても魅力的。

 アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番のガボット。とても鮮明な演奏。

 ショスタコーヴィチはもっと鮮烈だった。第二楽章の虐殺の場面はあまりに凄惨。第三楽章の犠牲者へのレクイエムの場面も悲痛さが広がる。第四楽章はわざと大袈裟に、そして戯画的にソ連の勝利を描き、その後、それに対する皮肉をたたきつけ、そして最後には人民の勝利をたたえているように聞えた。ネルソンスは標題音楽として見事に描く。実に手際が良く、語り口がうまい。雰囲気の切り替えも実に見事。オーケストラを完璧に掌握しているのがよくわかる。

 実は私はチャイコフスキー好きでもショスタコーヴィチ好きでもないので、心の底から感動するということはなかったが、あまりの音に豊穣さ、あまりの音の切れのよさにしばしば酔った。素晴らしいと思った。「1905年」の第二楽章の凄惨な音楽に魂を奪われた。

 アンコールはショスタコーヴィチの「モスクワのチェリョムーシュカ」の「ギャロップ」とバーンスタインのディベルティメントの「ワルツ」。これもオケの性能の良さを存分に発揮し、ネルソンスのリズム感の良さとセンスの良さを見せてくれた。見事。

 皇太子殿下ご夫妻が来ておられた。「1905年」という、ロシア皇帝の圧政に対して人民が立ち上がった事件を描く音楽を皇太子夫妻が聴かれるというのは、考えてみると、不思議なことだ。きっと皇太子殿下がこの音楽がお好きなのだと思う。世界における民主主義の進化、そして、同時に日本の天皇制と民主主義の懐の深さを感じる。

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