音楽

東京二期会オペラ劇場「こうもり」 見事な声と演技 

20171123日、日生劇場で、ベルリン・コーミッシェ・オーパーとの提携による東京二期会公演「こうもり」をみた。

指揮は阪哲朗、演出はアンドレアス・ホモキ。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団、合唱は二期会合唱団。

とてもおもしろかった。とても楽しかった。堪能した。

まず、演出がおもしろいし、美しい。すべてがファルケの仕掛けという設定になっている。オルロフスキーもファルケの仕立てた女優だということがしばしばほのめかされる。第一幕から最後まで舞台の変更なしだが、むしろ自然に感じる。色遣いも美しく、舞台は豪華な雰囲気が出ている。

歌手たちもそろっている。しかも、みんな実に芸達者。とりわけ、アイゼンシュタインの又吉秀樹のあまりのうまさにびっくり。途方に暮れる様子などを、実に生き生きと演じ、歌ってくれる。ロザリンデの嘉目真木子も美しい声と見事な演技。容姿も美しくロザリンデにふさわしい。オルロフスキーの和田朝妃もこの不可解な役柄を素晴らしい声で歌ってのけた。アデーレの三井清夏も美しい声と可憐な演技。ただ、オケと合わないことが何度かあったのが気になった。フランクの杉浦隆大もアルフレードの吉田連も、ファルケの小林啓倫もブリントの大川信之もすばらしい。文句なし。

フロッシュを演じたのはイッセー尾形。アドリブを多く混ぜ、センスのいい笑いをふんだんにみせてくれた。この人がいなかったら、この舞台はかなり違ったものになったかもしれない。私は、故・坂上二郎さんや桂ざこばさんがこの役を演じるのを見たことがある。今回は一味違って、ちょっと下品でありながら、ちょっと知的だった。

日本人が「こうもり」を演じると、往々にして田舎くさくなり、しゃれた雰囲気がなくなる。それなのに、今回、最高レベルの上演になったのは、ホモキの演出の力もあるかもしれない。客席から笑いが途切れなかった。

ただ、私は阪哲朗の指揮については、もっと躍動的であってほしいと思った。あまりに安全運転で、しかも歌手と合わないところがあった。もしかしたら、練習の時間が取れなかったなどの事情があるのかもしれない。きっと、このキャストによる2度目の上演では改善されていると思う。

とはいえ、満足。このところの日本のオペラ界の発展を本当に頼もしく思う。「こうもり」をこれほどのレベルで上演できるなんて、少し前まで考えられなかったことだ。

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フェドセーエフ+チャイコフスキーSO 苦手なタイプの演奏だった

20171114日、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮によるチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧モスクワ放送交響楽団)の演奏を聴いた。曲目は、前半にボロディンの「イーゴリ公」より「ダッタン人の踊り」と三浦文彰が加わってのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。後半にはショスタコーヴィチの交響曲第5番。

フェドセーエフの指揮を実演で聴くのは初めてだと思う。もしかしたら、1980年代に聞いたことがあるかもしれないが、あまり記憶にない。今回聴いて、私の最も苦手なタイプの指揮者だと思った。オーケストラをあまり抑制しないで、自由に演奏させるタイプだと思う。私はこのような演奏を「野放図」と感じてしまう。高い評価を得ている指揮者の中にこのような演奏をする人がかなりいるので、きっとこれは私が主観的に受け付けないだけなのだと思うが、受け付けないものはどうにもならない。

チャイコフスキーの協奏曲は先日、ギル・シャハムとネルソンス指揮のボストン交響楽団の演奏で聴いたばかりだったが、かなり大きな差があると思った。ギル・シャハムはもっと雄弁でもっとずっと自在だった。三浦はまだ十分に自分らしい表現ができずにいるのを感じる。まだこれからの人だと思う。

後半のショスタコーヴィチに期待していたのだが、私にはこれも不発だった。抑制がないので、爆発もない。少なくとも私は緊張感も厳しさも感じなかった。

アンコールは知らない曲とチャイコフスキーの「白鳥の湖」の中の曲とのこと。これはオーケストラの息の合った演奏で見事だった。アンコールが一番良かった。

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ブロムシュテット+ゲヴァントハウスの「ドイツ・レクイエム」に感涙した

  20171113日、NHKホールでNHK音楽祭公演、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮によるライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で、ブラームス「ドイツ・レクイエム」 作品45を聴いた。素晴らしい演奏。感動した。

 ブロムシュテットは90歳。さすがのブロムシュテットも老いたという話を聞いていたが、実際に聴いてみると、かつてのように若々しい。オーケストラを完璧にコントロールし、徒にドラマティックにすることもなく、徒にロマンティックにすることもなく、明晰に論理的に構成していきながら、聴くものを感動に導く。明るめの音できびきびしており、しかも細かいニュアンスも素晴らしい。いったいこの人は90歳になってまでも、なぜこんな音楽を作ることができるのだろう。もはや一つの神秘としか思えない。

 そして、言うまでもなくそれに応えるゲヴァントハウス管弦楽団が本当に美しい。弦はもちろんいいが、木管の美しさにほれぼれした。アンサンブルも見事。抑制されたリリシズムを見事に描き出す。

 ウィーン楽友協会合唱団も圧倒的な声を聴かせてくれた。音程がいいということだろうか、完璧な和音をなし、音が澄み切っていて潤いがある。これほど美しい合唱はめったに聴くことができない。

 独唱のミヒャエル・ナジ(バリトン)とハンナ・モリソン(ソプラノ)もよかった。とりわけ、ナジはきれいな声で知的な歌い回し。モリソンはちょっとだけオケと合わないところを感じたが、全体的には清澄な声でしっかりと歌ってすばらしい。

 ともかく、全体的に素晴らしかった。これまで実演で聴いた「ドイツ・レクイエム」のうち、バレンボイム、シカゴ交響楽団が最高だと思っていたが、今回は間違いなくそれ以上に感動した。何度か魂が震えた。何度か涙が出てきた。

 改めて、「ドイツ・レクイエム」の音楽の素晴らしさも痛感した。

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ダムラウ 当代随一の声の美しさ

 20171110日、サントリーホールでディアナ・ダムラウ&ニコラ・テステ オペラ・アリア・コンサートを聴いた。素晴らしかった。

 ダムラウは圧倒的に素晴らしい。「セヴィリアの理髪師」「ロメオとジュリエット」「清教徒」「ディノーラ」「椿姫」の有名なアリア。まさしくコロラトゥーラ・ソプラノの定番曲。高音の美しさ、声のコントロールは当代随一ではないか。現在のグルベローヴァよりもネトレプコよりも、声の美しさという点ではダムラウのほうが上ではないのか。完璧な音程でクリアに最高に美しい声が響く。声を聴くだけで魂が震えるほどにすごい。ネトレプコのように感情豊かではないが、声の技術によって聴衆を引き付ける力を持っている。

 バス・バリトンのテステもとてもよかった。「セヴィリアの理髪師」のドン・バジーリオのアリアはちょっと伸びが足りないと思ったが、「ドン・カルロ」のフェリペ王のアリア、「さまよえるオランダ人」のダーラントのアリア、「ひとり寂しく眠ろう」は深く余裕のある声でみごと。

 ただ、私はパーヴェル・バレフの指揮については大いに疑問を抱いた。東京フィルハーモニー交響楽団はよくついていたが、私の最も嫌いなタイプの指揮だ。音をコントロールしないで、野放図に鳴らす。一本調子になり、ニュアンスが欠けてしまう。大きな音を出すが、ニュアンスがないので迫力を感じない。冒頭の「セヴィリアの理髪師」序曲も勢いがなかったし、「さまよえるオランダ人」の序曲は耐えがたく感じた。「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲もあまりに平板。オーケストラ曲が5曲演奏されたが、それほど多く演奏する必要はあったのだろうか。

 それと、全体的に音が十分に響かないのを感じた。2011年に東京文化会館でメトロポリタン歌劇場の来日公演「ルチア」をみた時、ダムラウの声量、元気いっぱいの声に圧倒された。それに比べると、音量が小さい。意識的なのか、それとも席のせいなのか。私は2階席だったが、もっと前方で聴けば、もっと声に酔えただろうと思った。

 アンコールは3曲。ダムラウによる「春よこい」と「ポギーとベス」の二重唱、最後にダムラウの「ジャンニ・スキッキ」のアリア。とりわけ、「ジャンニ・スキッキ」は絶品。感動した。本当に美しい声! 終演は2150分くらいだった。

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日生劇場「ルサルカ」 素晴らしかった!

2017119日、日生劇場でドヴォルザークのオペラ「ルサルカ」をみた。素晴らしかった。日本のオペラ界の充実は目を見張るほどだ。

歌手全員がそろっている。その中でも、やはりルサルカの田崎尚美が圧倒的だと思った。澄んだ声で音程もよく、声量も十分。容姿も見事。悩めるルサルカを見事に演じて見せてくれた。そのほか、イェジババの清水華澄がよく通る声で、得体の知れない魔女役を魅力的に聴かせてくれた。森番のデニス・ビシュニャも料理人の少年の小泉詠子も申し分ない。リズム感が良く、道化役をうまく演じている。三人の森の精(盛田麻央・郷家暁子・金子美香)もとてもよかった。このオペラを冒頭からレベルの高い上演にしたのは、この三人の功績といってもおいいだろう。

 王子の樋口達哉もとてもよかったが、私としては、ちょっとイタリアオペラ風すぎる気がした。私は王子にもう少し違うイメージを持っている。もっと孤独な王子の姿を描いてもよかったのではないかと思う。ヴォドニクの清水那由太も太い見事な声。外国の公女の腰越満美も妖艶で素晴らしい。狩人の新海康仁も文句なし。

 そして、それ以上に驚いたのは、指揮の山田和樹の力量だった。私の席からは山田の指揮ぶりがはっきり見えたが、わかりやすい指示をだし、的確に表情をつけていくのに畏れ入った。オーケストラ曲の語り口のうまさはよく知っているが、オペラまでもこれほどドラマティックに、そして抒情的に描き切るとは! 読売日本交響楽団も素晴らしかった。これほどオーケストラがいいと、安心してドラマに浸れる。演出は宮城聰。簡素な舞台で、特に目新しい解釈は感じないが、妖精の世界の神秘を十分に出している。東京混声合唱団の合唱も取れもきれいだった。

 ただ、「ルサルカ」をみるたびに思うのだが、私はまだ子の台本も音楽もよくわからない。納得できないところがたくさんある。もっとも不思議に思うのは、ルサルカの有名なアリアも、その後の歌も、そしてヴォドニクのアリアも、とても雰囲気が似ていることだ。メロディ線も似ている。そして、王子のキャラクターも外国の公女の位置づけも明確でない気がする。そのため、全体がぼやけてしまう。もちろん、とても美しい音楽だと思うし、私はこのオペラが大好きで、上演されるごとにみているのだが、それでも謎が残ったままだ。

 ともあれ、日本人中心のキャストでこれだけのレベルのオペラが上演できるようになっていること、そして山田和樹がオペラまでの素晴らしい指揮をしてくれることを確認して、今日は大変満足だった。

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ネルソンス+ボストン ショスタコーヴィチの凄まじさ

 2017117日、サントリー・ホールでアンドリス・ネルソンス指揮、ボストン交響楽団のコンサートを聴いた。曲目は、ギル・シャハムが加わってのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と、ショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」。とりわけ、ショスタコーヴィチはものすごい演奏だった。

 やはりオーケストラが見事。アメリカのオケの機能とヨーロッパ的な伝統美を併せ持っているのを感じる。弦楽器の音の美しさにまず驚き、管楽器の音の勢いにも驚いた。さすが。そして、ネルソンスの指揮も素晴らしい。スケールが大きく、ダイナミックに音を動かす。細かいニュアンスもあるので、大味にならない。エネルギッシュで豊穣。以前、バイロイト音楽祭の「ローエングリン」を聴いた記憶がある。悪くはなかったが、それほど感心した記憶はない。が、今回、チャイコフスキーを聴いて真価を知った。ただ、チャイコフスキー的な陰鬱で甘美で情熱的な雰囲気は少し欠ける。やはり、かなりアメリカ的なチャイコフスキー。あけっぴろげなチャイコフスキー。

 ヴァイオリンのシャハムも音の刻みが鮮烈。情熱的でアクセントが強いが、不自然なところがなく、ぐいぐいと音楽を引っ張っていく。ただ、これもチャイコフスキー的な情緒はない。あけっぴろげというのは違うが、抑圧された世界での情熱の爆発がない。しかし、それはそれでとても魅力的。

 アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番のガボット。とても鮮明な演奏。

 ショスタコーヴィチはもっと鮮烈だった。第二楽章の虐殺の場面はあまりに凄惨。第三楽章の犠牲者へのレクイエムの場面も悲痛さが広がる。第四楽章はわざと大袈裟に、そして戯画的にソ連の勝利を描き、その後、それに対する皮肉をたたきつけ、そして最後には人民の勝利をたたえているように聞えた。ネルソンスは標題音楽として見事に描く。実に手際が良く、語り口がうまい。雰囲気の切り替えも実に見事。オーケストラを完璧に掌握しているのがよくわかる。

 実は私はチャイコフスキー好きでもショスタコーヴィチ好きでもないので、心の底から感動するということはなかったが、あまりの音に豊穣さ、あまりの音の切れのよさにしばしば酔った。素晴らしいと思った。「1905年」の第二楽章の凄惨な音楽に魂を奪われた。

 アンコールはショスタコーヴィチの「モスクワのチェリョムーシュカ」の「ギャロップ」とバーンスタインのディベルティメントの「ワルツ」。これもオケの性能の良さを存分に発揮し、ネルソンスのリズム感の良さとセンスの良さを見せてくれた。見事。

 皇太子殿下ご夫妻が来ておられた。「1905年」という、ロシア皇帝の圧政に対して人民が立ち上がった事件を描く音楽を皇太子夫妻が聴かれるというのは、考えてみると、不思議なことだ。きっと皇太子殿下がこの音楽がお好きなのだと思う。世界における民主主義の進化、そして、同時に日本の天皇制と民主主義の懐の深さを感じる。

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ハンガリー国立歌劇場公演「ランメルモールのルチア」 若手中心のキャスト

2017116日、武蔵野市民文化会館大ホールでハンガリー国立歌劇場公演「ランメルモールのルチア」をみた。武蔵野でのオペラは若手中心のキャストであることが多い。よそ行きの公演ではなく、ふだん現地で行われているレベルのオペラが楽しめる。その意味では、とてもよかった。

未知の人ばかりだが、歌手陣ではそろっている。エンリーコのミケーレ・カルマンディが悪役にふさわしい張りのある声。若いのに容貌も風格がある。エドガルドのイシュトヴァン・ホルヴァートもしっかりした美声、アルトゥーロのティボル・サッバノシュも、少し声は弱いが、美声には魅力がある。ライモンドのクリスティアン・チェルは、ちょっと音程に不安定さを感じたが、それでもしっかりしたよい声。

 ルチアのエリカ・ミクローシャは、きれいな声と清楚な容貌はとても魅力的だが、声に威力がものたりない。ルチアを歌うにはもう少し圧倒的な声の力がほしい。

 マーテー・サボ-の演出はきわめて穏当。取り立てて目新しいところはないが、存在感はあり、美術的にもなかなかきれい。

 もっとも問題が大きかったのは指揮のバラージュ・コチャールだろう。丁寧に歌を伴奏するのはいいのだが、狂乱の場になっても、残酷な場面でも一本調子で、ドラマティックなところがない。歌手陣はかなりのレベルなのに、少しも盛り上がらなかったのは指揮のせいだろう。「ルチア」でこれでは辛い。

 少々欲求不満だった。

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スターファーム第一回公演「メイキング・カルメン」 そして、日本シリーズ第5戦

 2017112日、13時から、東京メトロポリタンオペラ財団 スターファーム第一回公演「ニューオペラ(新歌劇) メイキング・カルメン」を見た。

 1980年代、アントニオ・ガデスが出演した「カルメン」という映画をみた覚えがある。フラメンコ集団が「カルメン」を上演することになる状況をオペラ「カルメン」と重ね合わせた物語で、中にふんだんにフラメンコが登場する映画だった。私はスペインでフラメンコを見て衝撃を受けて以来、一時期、フランメンコの映画をみたり、カンテのCDを聴いたりしていた。今回の「メイキング・カルメン」はそのオペラ版のような舞台。

 スターをめざすオペラ歌手とその演出家、ジョルジュ・ビゼーをめぐる家族や周囲の人々の確執と「カルメン」が重なり合う。ビゼーは自分の人生を「カルメン」に重ね合わせて作曲しており、演出家は自分をビゼーやドン・ホセと重ね合わせる。オペラ歌手たちはカルメンやカルメンの同僚の女工たちと重ね合わせる。それが同時進行で進んでいく。混乱してわからないところ、整合性のないところもあるが、歌があり、音楽があるため、さほどそのようなことは気にならなくなる。そして、それぞれの生き様、エネルギー、苦しみ、生きる力が現実のものとして浮かび上がってくる。

 実は私は、かつてフランス文学を学んでいたが、フランス音楽はあまり聴かない。好むのはもっぱらドイツ系であって、フランス・オペラ、イタリア・オペラは最近になって関心を持ち始めたに過ぎない。「カルメン」も実は数回しかみたことがない。だから、良く知らない。作曲家のビゼーについても、何枚かCDを聴いている程度。音楽の断片が出てきてもすぐにそれとわからない。今回、「カルメン」以外の歌もいくつか歌われたように思うが、曲名を知らない。

 休憩時間を入れて、2時間半ほどの上演だったが、とてもおもしろかった。あっという間の時間だった。実にセンスがよく、よくわからないところはたくさんあるが、それでも納得がいく。台本、演出の三浦アンコウさんのマジックだと思う。これはまちがいなく前衛劇、前衛オペラの範疇に入ると思うが、楽しくて面白くて、オペラ入門にもなって、総合芸術にもなっている。まったく小難しくない。素晴らしい。

 役者・歌手たちはまさに「スターファーム」を成す新人たち。やはりどうしても、芝居が学芸会的になる人もいるし、音程も不安定になりがちだが、全体的にはとてもレベルが高い。私はカルメンなどのいろいろな役を演じる鈴木麻由に特に惹かれた。この歌手は、昨年だったか、風の丘HALLでみた「オテロ」でも見事な歌と演技を披露してくれたのを覚えている。ちょっと音程が不安定になることはあったが、しっかりした声と演技。全体を引き締めている。そのほか、ドノ・ホセの青柳素晴、エスカミーリョの大山大輔(三枝作曲の「狂おしき真夏の一日」で聴いたばかり)、フランスキータの宮埜舞もとてもよかった。

そのほか、多くの歌手たちが大健闘。ただ、私はもう一人の題名役の歌手の方の発声と音程の不安定さに大きな問題を感じた。そのために、聴くのがつらくなる場面もあった。

 しかし、このような試みは素晴らしい。オペラを外国の素晴らしいものとして崇めるのではなく、自分のものとしてどんどんと広めたい。そのような意図が伝わってくる。

 

 終演後、急いで自宅に帰り、すぐに着替えて日本シリーズ第5戦の観戦に行った。

 我が家は、一家を上げて1990年代からのベイスターズ・ファンだ。そのころは、年に4、5回家族で横浜スタジアムの観戦に行った。1998年に大魔神を要する横浜ベイスターズが優勝した時には、我が家もお祭り騒ぎだった。横浜ベイスターズが低迷し、DeNAベイスターズになり、優勝時のメンバーが一人また一人と減っていってからは、徐々に我が家でも野球から関心が離れていた。

が、今回、DeNAベイスターズは奇跡的に19年ぶりの日本シリーズ進出を果たした。しかも、家族の中で最も熱くベイスターズ・ファンを続けてきた息子が来年から広島に赴任する。きっと息子は来年から広島ファンになるだろう。私の中でベイスターズ熱が再燃。息子と二人で応援に出かけることにした。第4戦で終わるのではないかと心配していたが、ベイスターズが一矢を報いたために、第5戦も行われた。

17年ぶりくらいの横浜スタジアム。超満員で、日本シリーズ独特の興奮した雰囲気。DeNAになってから初めてベイスターズをみた。初めてなまの筒香、宮崎、山崎康晃をみた。筒香のホームランをみた。「ヤスアキ・コール」に参加した。95パーセントがDeNAファンで埋め尽くされていたが、数万人の応援に加わった。勝利に酔った。

野球終了後、息子と二人で中華街で祝杯を挙げてから帰った。

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パールマンのリサイタル 肩の力を抜いた自然体の名演奏

 2017111日、サントリーホールでイツァーク・パールマンのヴァイオリン・リサイタルを聴いた。ピアノ伴奏はロハン・デ・シルヴァ。とても良い演奏だった。

 記憶が正しければ、私がパールマンの実演を聴くのは二度目だ。最初に聴いたのは80年代だったと思う。当時、クレメルと人気を二分しており、私は録音で聴く限りクレメルのほうがずっと気にいっていたのだが、実演を聴いてみると、クレメルの音楽をあまりに神経質だと感じ、むしろパールマンの勢いのある美音にしびれたのだった。

 その記憶のまま今回、最初の曲、シューベルトのヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 1番を聴いて、あまりの地味さに驚いた。かつてのような勢いがない。おとなしく、悪く言えば、覇気がない。パールマンも70歳を超す。まさに老境の音楽。二曲目の「クロイツェル」はもっとこじんまり。ベートーヴェンのあのスケール感がない。が、聴き進むうち、大上段に振りかざすのでなく、肩の力を抜いて自由に親密な雰囲気の音楽を作ろうとしていることに気付いた。そう考えて聴くと、実に繊細にして自由。心の底から音楽の楽しみがわいてくる。「クロイツェル」の第二楽章ははっとするほど美しく繊細。

 そのような姿勢は後半のドビュッシーのヴァイオリン・ソナタにいっそう現れていた。誇張せず、諧謔を交え、自分の内面を静かに表現するような音楽。しみじみと美しい音色が静かに響く。

 そのあと、ピアノのシルヴァが大量の楽譜とともに登場。パールマンが楽譜の中からその場で曲を選んで演奏する。聴いたことはあるけれども曲名のわからない曲がほとんどだったが、掲示によると、クライスラーの「シンコペーション」「ディッタースドルフの様式によるスケルツォ」、ヴィニャフスキー「エチュード・カプリース」、からイスラ―「中国の太鼓」が演奏されたらしい。

 パールマンの小曲の演奏のうまさには舌を巻く。しなやかでウィットに富み、しかも気品がある。本当に楽しい。自由で自然体で親密な雰囲気。

 ただ、このような演奏でこのような曲だったら、サントリーホールなどではなく、もっと小さなホールで聴きたかったと思った。そのほうがもっと楽しめただろう。そして、これはこれでとても良い演奏だとは思いつつ、やはり、もっと切れの良い勢いのあったパールマンを懐かしく思ったのも事実だった。

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三枝成彰作曲、林真理子台本のオペラ「狂おしき真夏の一日」 ついに日本は世界的な傑作オペラを生み出した!

 20171031日、東京文化会館で、三枝成彰作曲、林真理子台本のオペラ「狂おしき真夏の一日」をみた。素晴らしかった。本当に素晴らしかった。私は興奮している。

これまでの三枝オペラ、「忠臣蔵」も「悲嘆」も素晴らしかったが、今作はそれを上回る傑作だと思う。ついに、世界に誇る日本のオペラが誕生したと思った。「フィガロの結婚」や「椿姫」や「アイーダ」などとともに世界のレパートリーに入っても不思議はないほどの傑作だ。

「フィガロの結婚」と「ファルスタッフ」を合わせたようなストーリー。そこに「ばらの騎士」や「アラベラ」のような雰囲気が加わる。3組のカップル(中年夫婦、その息子とフランス女性、もう一人の息子とゲイの相手)が愛し合ったり、誤解したり、仲直りしたり。そして、最後、それぞれが愛を深める。

 林真理子の台本が実によくできている。「フィガロの結婚」「ファルスタッフ」へのオマージュもピタリとはまっている。あえて卑俗な言葉を使いながらも、徐々に詩情を高めていく。3組の話を手際よく展開させ、誰もが楽しめる喜劇を作り上げ、最後には感動させる。見事。

そして、その台本を最高レベルにいかした三枝の作曲が素晴らしい。第一幕もよかったが、私は第二幕の軽妙な音楽に心が躍った。とてつもなく複雑な音符。だが、いわゆる「現代音楽」ではなく、親しみやすく感動的な調性音楽。技巧を極めていながら、それを感じさせない。そして、第3幕のドタバタの部分も軽妙で深みがあり、しかも、官能的。第四幕幕切れの「世界はいいように回っている」の9重唱は圧巻。「ファルスタッフ」の最後を意識していると思うが、それ以上に感動的。世界を肯定する音楽だと思う。「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」や「マイスタージンガー」などの重唱に匹敵する素晴らしい音楽だ。心が震えた。涙が出てきた。秋元康による演出もしゃれていて、楽しく、しかも最後は感動を盛り上げる。

演奏も素晴らしかった。まずは、大友直人指揮による新日本フィルハーモニー交響楽団が見事はアンサンブルを聞かせてくれた。歌手たちもいい。私はとりわけ、大石太郎のジョン・健・ヌッツォの声に聞きほれた。そのほか、大石恭一の大島幾雄、陽子の佐藤しのぶ、エミコの小林沙羅、フミエの坂本朱も見事な美しい声で、とてもよかった。ユウキを歌ったカウンターテナーの村松稔之のしっかりした声も見事だった。フランシーヌの小川里美、大石次郎の大山大輔、リサの小村知帆ももちろん見事。まさに粒ぞろい。

合唱は六本木男声合唱団ZIG-ZAG。これはちょっと音程の怪しいところがあったが、アマチュアなので、ご愛嬌というところだろう。

それにしても、日本の才能を結集すれば、これほどのオペラが作れるのだということを改めて認識した。間違いなく、このオペラは世界のレパートリーとして定着するだろう。定着させなければいけないと思う。ついに、日本はこれほどのオペラを生み出したのだから、それを世界に発信する必要があると私は思う。

今もまだ私は日本がついに大傑作オペラをうみだしたことに興奮している。

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