音楽

オペラ映像「ノルマ」「アデルソンとサルヴィーニ」「椿姫」「ドン・カルロ」

 少し時間ができたので、DVDやBDのオペラ映像を数本みた。簡単に感想を書く。

 

564 ベッリーニ 「ノルマ」2016年 ロンドン、コヴェント・ガーデン

ノルマのソーニャ・ヨンチェヴァとアダルジーザのソニア・ガナッシはもちろんとても素晴らしい。が、そのほかの歌手たちはまずまず。ポリオーネのジョセフ・カレヤはあまりに不安定。音程がよくない。彼が歌うたびにげんなりして聴いていられなくなった(カーテンコールで大喝采を受けているのが信じられない)。

 指揮はアントニオ・パッパーノ。メリハリがあって生き生きとしていて、とてもいい。アレックス・オレの演出は、20世紀に舞台を移し、ノルマは十字架のペンダントをかけ。十字架の前で祈り、百を超えるような舞台いっぱいのイエス磔刑像を前にして銃殺される。ノルマが殉教者になっている。ノルマは異教の女のはずなのに、なぜキリスト教徒に変えてしまったのか、私には納得できない。

 

094 ベッリーニ 「アデルソンとサルヴィーニ」 2016年 イェージ、ペルゴレージ劇場

 ベッリーニの珍しいオペラなので、一度見たいと思ってDVDを購入したが、正直言って、あまりレベルの高い上演ではない。歌手陣はおそらく全員が若手だと思う。出てくる歌手出てくる歌手、音程が怪しく、歌唱そのものもぎこちない。そのなかでは、アデルソンを歌うロディオン・ポゴソフがしっかりしているといえそう。ホセ・ミゲル・ペレス・シエッラの指揮するオーケストラも情けない音を時々出している。私は途中で聴くのがつらくなってきた。ロベルト・レッキアの演出も背景に写真を写しただけに見える。

 アリアとセリフでつないだオペラ。だが、このような演奏では、良い曲なのかどうか判断できない。

 

884 ヴェルディ 「椿姫」 2011年 エクサンプロヴァンス音楽祭

 全盛期を過ぎているのかもしれないが、ヴィオレッタを歌うナタリー・デセイはやはり素晴らしい。少しだけ声のカスレが気になるものの、高音の美しさに酔いしれる。ジャン=フランソワ・シヴァディエによる演出で舞台を現代に移されているが、デセイはうぶな若者に心を奪われるちょっと年増の娼婦をリアルに演じている。名歌手は役者としても超一流であることを痛感する。アルフレードのチャールズ・カストロノーヴォはなかなかの「イケメン」なのだが、少し癖のある歌い方。デセイと歌うと聴き劣りするのはやむを得ないが、しっかりと歌っている。ジェルモンのルドヴィク・テジエはとても風格がある。アクセントの強いルイ・ラングレの指揮に、このドラマを過去の美しくも悲しい物語としてではなく、現代の女のリアルな悲劇として描く。私としては好きな演奏ではないが、最終幕ではこのような音楽も説得力を持つ。ヴィオレッタに悲惨な最期に暗澹たる気持ちになった。

 

535 ヴェルディ 「ドン・カルロ」(イタリア語5幕版)2013年 ザルツブルク祝祭大劇場

 今回見たほかのDVDとはまったくもってレベルが異なる。大スターたちの競演による最高レベルの「ドン・カルロ」。ウィーンフィルの音の凄さを改めて感じる。厚みがあり、しかも透明で、ダイナミックで繊細。素晴らしい上演だ。

 ドン・カルロのヨナス・カウフマンは張りのある深い声。エリザベッタのアニヤ・ハルテロスは最高の美声。この主役二人だけでも圧倒的なのに、エボリ公女のエカテリーナ・セメンチュクも強い声で見事。ロドリーゴを歌うトーマス・ハンプソンは、音楽的にはむらがあって全盛期を過ぎているのを感じるが、役を歌うと、この人以上のロドリーゴは存在しないのではないかと思えてしまうほどの説得力。同性愛的な要素も見せ、またもっと様々な豊穣も見せて演技に余裕がある。大審問官のエリック・ハルフヴァーソンも、この狂信的で凄みのある役をふてぶてしく演じている。

フィリッポ2世のマッティ・サルミネン、修道僧とカルロス5世を歌うロバート・ロイド。ともにかつての大スターだが、いまだ健在。この時点で二人とも70歳前後のはず。かつての声の輝きはないが、風格と存在感は圧倒的。

 アントニオ・パッパーノの指揮は、ドラマティックで切れがいい。ただ、私の趣味としては、第三幕以降はもっと凄みをきかせて戦慄するような音楽にしてほしいのだが、パッパーノは最後まで重くしないことを選択したようだ。演出はペーター・シュタイン。わかりやすくて美しい。特に個性的な解釈はなされていないようだ。

 いずれにせよ、これほどの大歌手たちがパッパーノ指揮のウィーンフィルで歌えば、そりゃこれほどすごくなるのは当たり前だよな・・・と思った。

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プレトニョフ+ロシア・ナショナル管弦楽団「イオランタ」 充実の歌手陣による見事な演奏

 2018612日、サントリーホールでミハイル・プレトニョフの指揮によるロシア・ナショナル管弦楽団のコンサートを聴いた。2018ロシア年&ロシア文化フェスティバルオープニングとのことで、最初にロシア、日本ぞれぞれの組織委員長(日本側は高村正彦自民党副総裁)の挨拶があった。

その後、演奏が始まり、まずは木嶋真優のヴァイオリンが加わって、チャイコフスキーの「セレナード・メランコリック」。オーケストラとしては、まずは小手調べといったところ。ヴァイオリンはとてもきれいな音だったが、まったくメランコリックという雰囲気ではなかった。どう捉えればよいのかわからないまま終わってしまった。

休憩後、「イオランタ」全曲の演奏会形式。これは素晴らしかった。

まず歌手陣が充実している。とびっきり素晴らしかったのが、イオランタを歌ったアナスタシア・モスクヴィナ。音程のよい美声がビンビンと響き渡る。歌い回しも見事。とても良い歌手だと思う。そのほか、ヴォテモン伯爵のイリヤ・セリヴァノフも端正な美声が見事だった。また、ムーア人医師役のヴィタリ・ユシュマノフも、金髪のいかにもロシア人風の男性だったが、太い声でこの役を歌ってとても良かった。

日本人の歌手陣もまったく引けを取らなかった。私はとりわけロベルト侯爵役の大西宇宙に驚いた。主役格としてまったく堂々たるもの。音程のよい美声だった。音量的には少しだけロシア人歌手よりは劣ったかもしれないが、素晴らしい。そのほか、ルネ王の平野和、アルメリックの高橋淳、マルタの山下牧子もそれぞれの訳を見事に聴かせてくれた。ベルトランのジョン・ハオ、ブリギッタの鷲尾麻衣、ラウラの田村由貴絵、そして新国立劇場合唱団もよかった。

ロシア・ナショナル管弦楽団はプレトニョフの創設したオーケストラとのこと。とてもいいオーケストラだ。ロシアのオーケストラらしく実にパワフル。金管の馬力はもちろん、弦楽器の音の強さはすさまじいし、木管(とりわけクラリネットがとても美しかった)もとてもしっかりした音を出す。イオランタの目が治ってからの光の賛歌。神への祈りの部分の響きは圧倒的だった。プレトニョフの指揮も実に手際がいい。

ただ、私の好きなタイプの「イオランタ」だったかというと、ちょっと違った。これは私の単なる個人的な思い入れだと思うのだが、「エフゲニー・オネーギン」や「イオランタ」はこじんまりと陰鬱に演奏してほしい。朗々と派手に大声で歌うのではなく、内省的に室内楽的に演奏してほしい。やるせない思いが静かに盛り上がっていくような演奏が、私の好みだ。「イオランタ」はとりわけ、盲目の王女を題材にした一幕ものの短いおとぎ話なのだから、大人のオペラにしないでほしい。ところが、実に堂々たるオペラになっていた。もちろん、それはそれでよいのだが・・・。

私は「イオランタ」を見るごとに思う。このオペラでは、ムーア人の医師(おそらくイスラム教徒)が、精神と肉体の二元論の解消を唱え、精神と肉体は結びついていること、そして、個人の意思によって肉体をコントロールできることを教えるという筋立てになっている。これは歴史的にどのような思想の変化を意味しているのだろうか。このような思想は本当にイスラム教に基づいているのだろうか。そのうち、時間ができたら考えてみたいテーマの一つだ。

ともあれ、大変満足できるコンサートだった。

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ANCORA第5回公演ナイトメア・オブ MACBETH 生と死、虚と実の入り混じる不思議な世界

2018611日、角筈区民ホールでANCORA5回公演ナイトメア・オブ MACBETH をみた。鬼才演出家・三浦安浩の脚色・台本による「マクベス」だ。音楽監督・ピアノは村上尊志。大変レベルの高い上演だった。とても楽しんだ。

ヴェルディの「マクベス」がピアノ伴奏版で上演されるだけでなく、それに現代のドラマが加わっている。嵐の夜、ある山小屋に立ち寄った数人が不思議な小冊子を見つける。そこには「マクベス」のセリフが書かれている。それをみんなで読んでいくうち、現実と非現実が入り混じり、映画「バイオハザード」のような生と死が入り混じった世界が展開する。それが「マクベス」と交差していく・・・という趣向になっている。

主役のふたりの歌手は素晴らしかった。マクベスの清水良一は見事な声。ただお顔が温和な感じがするので、マクベスを演じるのにかなり苦労されている様子がうかがえた。しかし、声量といい声の美しさといいまさしく見事。マクベス夫人の斉藤紀子もまた強い声で見事に歌った。マクベス夫人になり切るためのメヂカラもすごい。高音もとても良かった。

そのほか、バンクォーの山田大智、マクダフの青柳素晴、マルコムの野村京右もとても魅力的な要素を持つ。そして、特筆するべきは、魔女たちのアンサンブルだろう。全員が素晴らしかった。そのほか、端役の一人一人まで、主役格の人たちと変わらない見事な歌唱だった、実にレベルの高い上演。この団体の実力と努力がよくわかる。

舞台上での全員の合唱の場面など、息がぴたりと合っていた。音も、私のわかる限りでは、大きな音程の揺れもなく見事だった。私は確かめなかったのだが、歌手たちのきっかけを示す指揮がどこかでなされていたのだろうか。指揮棒がどこにも見えないのに、歌手全員がぴたりと合うのに驚いた。

ただ、小さな劇場で聴くと、やはり歌手たちのちょっとした音程の不安定さ、そして、イタリア語の発音の不自然さ(いかにもカタカナ・イタリア語だとわかる気がする)を感じてしまう。そのあたりが日本の若手歌手たちの大きな課題かもしれない。

しかし、それにしても三浦マジック。一つの政権が純粋な意味で成り立っても、すぐにそれは権力闘争になり、人の心に闇と愛が棲みついていること、それが権力者だけでなく現代の一般人にもいえることを示して見せる。

・・・とはいえ、実は私はもともとイタリアオペラには弱く、ヴェルディの「マクベス」についても一度、ザルツブルク音楽祭(ムーティ指揮、ネトレプコ出演)で見たことがあり、DVD1枚持っている程度。内容を知悉しているわけではない。しかも、人間の顔の識別能力に難があるためもあって、イタリア語によるオペラの部分も日本語による現代劇の部分も、だれがどの役を行っているのか十分に理解しないまま見ていた。最後にはともあれ、「ああ、楽しかった。不思議な世界に入り込んだ!」という思いを作り出すところはさすがだが、細かいしぐさなど不明なところがたくさんあった。

もう一度見てみたいところなのだが、残念ながら、今日、明日ととても忙しい。

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ムローヴァのメンデルスゾーン 感動はもたらされなかった

2018610日、武蔵野市民文化会館大ホールでえヴィクトリア・ムローヴァのヴァイオリン、デイヴィッド・グレイルザマーの指揮、ジュネーヴ・カメラータの演奏を聴いた。

私の好きなヴァイオリニストの1人であるムローヴァのメンデルスゾーンを聴けると思って期待して出かけたが、一言で言ってかなり期待外れだった。

 曲目は、最初にチャールズ・アイヴスの「答えのない質問」、次に、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調、後半にケレン作曲「ガーシュインの主題による変奏曲」、そして、ベートーヴェンの交響曲第8番。

 ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団のベートーヴェン・チクルスを聴いた直後だったせいもあるかもしれないが、まず、オーケストラの音に大いに不満を抱いた。比べるほうが悪いとは思うのだが、それにしても、縦の線が合わないし、音程もあまりよくない。汚い音が混じることがある。とても上手な奏者が何人もいるのだが、アンサンブルとなると、うまく合わない。古楽的な奏法を取り入れているのだと思うが、それがマイナスになっている気がする。メンバーは全員がかなり若そう。まだまだこれからのオーケストラなのだろう。

 指揮についてはオーケストラ以上に問題を感じた。一本調子で、拍子に強いアクセントをつける。そのため、メロディが流れないし、ガサガサした感じになってしまう。あまりに落ち着きがないし、だからといって推進力があるわけでもない。現代曲もメンデルスゾーンもベートーヴェンも同じような雰囲気だった。かなり若そうな指揮者だ。ほとんど実績がないのではなかろうか。

 肝心のムローヴァだが、もちろん、オーケストラに比べると圧倒的に素晴らしい。が、なぜかこれまで何度か聴いた時のような透徹した音楽性を感じなかった。無用なものをそぎ取って、そこに残る清潔さのようなものが現れなかった。つまり、ふつうのヴァイオリニストのような音だった。もちろん、悪い演奏ではないのだが、私はもっと研ぎ澄まされた迫力のあるメンデルスゾーンが聴けるものと思っていたのだった。とはいえ、この指揮とオーケストラだったら、ヴァイオリンだけ名演奏するのも難しいだろう。

 ヴァイオリンのアンコールとしてミーシャ・ムローヴ・アバドの「ブラジル」が演奏された。未知の作曲家の未知の曲。なんだかよくわからなかった。

  そんなこんなで、期待していた感動を得ることができずに、雨の中を帰った。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランド管の第九 凄まじい名演奏!

201867日、サントリーホールで、フランツ・ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団によるベートーヴェン全交響曲演奏の最終日を聴いた。最高の演奏だった。私はまだ興奮している。少なくとも、今年のこれまでのコンサートでは圧倒的にベストワン。私の人生の中でも最高の演奏の一つだと思う。

最初に弦楽オーケストラのための大フーガが演奏された。このオーケストラの弦楽器の素晴らしさを十分に示す演奏だったが、ただ私としては、「大フーガ」は弦楽四重奏版のほうがよいと思った。

休憩後の交響曲第9番については、私はただただ圧倒されるばかりだった。第1楽章冒頭からして、凄まじい集中力。やや速めのテンポで、矢継ぎ早に音が重なっていく印象だが、推進力があって、緊迫感にあふれ、劇的な感情が深まる。小手先の激しさではなく、心の奥底にある思想が音として宇宙に広がっていくのを感じる。第2楽章もすさまじい躍動。だが、しっかりと理性的にコントロールされている。そして、第3楽章。それにしてもオーケストラの音が圧倒的に素晴らしい。木管楽器の美しさのほれぼれする。何と美しい演奏だろう。第1楽章から第3楽章まで、まさしく完璧。私はしばしば感動に身を震わせた。何度か感動の涙が出てきた。

4楽章。歌手はラウラ・アイキン(ソプラノ)、ジェニファー・ジョンストン(メゾソプラノ)、ノルベルト・エルンスト(テノール)、ダション・バートン(バス・バリトン)、合唱は新国立劇場合唱団。ソリストたち全員素晴らしいが、四人のアンサンブルが甘いにように思えた。が、三澤洋史が指揮による新国立合唱団がみごとなので、ソリストのちょっとした瑕疵はまったく気にならなくなった。最後は最高度に高揚。ただ、高揚はするが、ディオニュソス的なおどろおどろしい高揚ではなく、きわめて理性的でアポロ的な高揚。これぞウェルザー=メストとクリーヴランド管の持ち味だろう。これほど完成度の高い第九はこれまで聴いたことがないような気がした。

終了後、多くの人が立ち上がっての「スタンディング・オーベーション」。私も立ち上がった。興奮した。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランドのベートーヴェン2番・6番 えもいわれぬ音楽の快楽

 20186月6日。サントリーホールで、ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏の4日目を聴いた。曲目は前半に交響曲第2番、後半に第6番「田園」とレオノーレ序曲第3番。これまでの3日間に劣らない名演。

 オーケストラが素晴らしい。木管も金管も、もちろん弦も、えもいわれぬ美しさ。本日演奏されたのはいずれも偶数番号の交響曲であって、爆発的な音楽にはならない。ウェルザー=メストらしい知的で均整がとれている。しかし、音が美しく、緻密に構成されているので、まったくだれることもなく凡庸になることもない。音楽が生きている。自然に音楽にメリハリができ、音楽的ドラマが展開する。

 第2番も実に名曲。爆発的ではないが、まったくスキがなく、エネルギーがあり、絶妙の音の重なりがある。それをウェルザー=メストとクリーヴランド管はみごとに演奏。

「田園」はそれ以上に素晴らしかった。私はこれまで「田園」を聴いて感動したことはほとんどない。もっとはっきり言えば、「田園」はベートーヴェンの交響曲の中で最も苦手な曲だ。ずっと前(おそらく1980年代)、大好きだったドホナーニがクリーヴランド管を率いてベートーヴェン・チクルスを行った時、「田園」を聴いて、「ドホナーニが指揮をしても、この曲はつまらん」と思ったのを覚えている。唯一、チェリビダッケ+ミュンヘン・フィルのまるで「創世記」を音楽にしたかのような「田園」(これも多分1980年代)に感動したが、あれは「田園」に感動したというよりは、チェリビダッケの音楽に感動したのだった。

 そして、今回。私はおそらく初めて「田園」に感動した。こんないい曲だったのか!と思った。すべての音が美しい。人生の喜び、自然の美しさが音楽の快楽とともに開放されていく。終楽章には、心があけっぴろげになって、自然の美しさを味わう。最高に美しい音が奏でられ、それが美しく重なり連なっていく。特に何かを工夫しているようには思えないのだが、極上の音楽が形作られていく。まさに名人の業だと思う。

「レオノーレ」3番も素晴らしかった。奇数番号的な盛り上がりがあり、最後、勝利のファンファーレがある。内側から盛り上がっていく躍動感がある。

 ただ今回も昨日と同じように三分の二くらいしか席が埋まっていない。空席が目立つ。なんともったいないことだ! が、逆に言えば、私はほかの多くの人の持てない、このような最上の時間を運よく持てたのだ。この幸運に感謝しよう。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランドのベートーヴェン8番と5番 またも超名演

201865日。サントリーホールで、ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏の3日目を聴いた。曲目は、「コリオラン」序曲、交響曲第8番、そして休憩後に交響曲第5番。初日、2日目に続いて、圧倒的演奏だった。

「コリオラン」も素晴らしい演奏だったが、私は第8番にとりわけ感動した。まず、すべての楽器の音があまりに美しい。木管楽器も素晴らしいし、ホルンもトランペットも何という美しい音! 

指揮も見事。真正面からの正攻法の演奏だった。緻密に織り上げられ、生気にあふれ、実にしなやかで美しい。近年、この曲を奇数番号の交響曲のように激しく演奏するスタイルが流行しているように思うが、ウェルザー=メストの指揮はまったくそんなことはない。偶数番号らしい演奏。力まず、外面的な効果を狙うことなく音楽が進んでいくが、内面から力がみなぎってくる。これほど均整がとれて、しかも生き生きとして緻密に織り上げられた第8番を初めて聴いた。

 第5番は、予想以上に激しい演奏だった。ウェルザー=メストが突然、情熱の虜になったかのように速いテンポであおり気味に音楽を進めた。それでもオーケストラは乱れず、最高に美しい音を出す。ウェルザー=メストも、もちろん感情に我を忘れるのではなく、完璧にオーケストラをコントロールし、ベートーヴェンのパッションを再現した。終楽章の最後の部分では感動で体が震えた。本当にすごい演奏。

 それにしても、空席が目立ったのが残念だった。これほどの名演奏なのに、せいぜい三分の二くらいしか席が埋まっていない。何が原因でこんなに客が集まらなかったのだろう? ウェルザー=メストとクリーヴランド管弦楽団は日本では知名度がないのだろうか。これを機会にもっと多くの人に真価を知ってほしいものだ。

 

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METライブビューイング「サンドリヨン」 最高に楽しい演出

 東銀座の東劇でMETライブビューイング「サンドリヨン」をみた。とても楽しい上演だった。あっという間の時間だった。

 何よりもロラン・ペリーが何より楽しい。これまでペリー演出のオペラをいくつも映像で見ているが、どれも本当に楽しい。バレエの動きが美しく、衣装も見た目に美しく、大人のユーモアがあり、まさしくフランスのエスプリが全開。漫画的でありながらも、とてもおしゃれで上品。音楽も楽しいが、見ているだけでワクワクしてくる。

 サンドリヨン(リュセット)のジョイス・ディドナートが強い声で不遇の歌を歌い、アリス・クートの王子も強くて澄んだ声で孤独の王子を演じる。二人のデュエットがとりわけ素晴らしい。黄金コンビだと思う。ステファニー・ブライズの継母とロラン・ナウリの父親は実に芸達者で憎々しい女と情けない男を演じて見せる。キャスリーン・キムの妖精も清澄な声が美しい。

 指揮はベルトラン・ド・ビリー。とてもしなやかでやわらかい演奏。まさしくフランス的。

 私は同じ演出、同じ指揮、同じ二人の主役によるDVD(2011年、コヴェント・ガーデン)をみてとても楽しんだ覚えがある。時間を見つけて、今回のライブビューイングの記憶が薄れないうちに、DVDを見直してみたい。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランド管のベートーヴェン7番 超名演だった!

 201863日、サントリーホールでウェルザー=メスト指揮によるクリーヴランド管弦楽団のベートーヴェンの交響曲連続演奏の2日目を聴いた。最初に「エグモント」序曲、そして交響曲第4番、後半に第7番。第7番は圧倒的に素晴らしい演奏だった。興奮した。

「エグモント」序曲と第4番も、もちろんとても良かった。なんといっても、オーケストラが素晴らしい。木管楽器の音色の美しさにはおそれいる。昨日はオーボエにうっとりしたが、今日はクラリネットに酔った。もちろん弦楽器も得も言われぬ音。

 ウェルザー=メストの指揮は誇張がなく、とりわけどこかを激しく表現したりといったことはまったくない。情熱的というわけでもないし、重々しく演奏するわけでもない。正攻法で、緊密に組み立てていく。そのためか、「エグモント」序曲も第4番も、こういうとはなはだ僭越だが、ただ「感心して」聴いているだけだった。第4番の第1楽章の最後と終楽章は楽器の重なりあいが絶妙でみごとに盛り上がっていく。

 そして、後半の第7番。第1楽章から第4番の時とはかなり異なる気合の入り具合を感じる。管楽器の聴かせどころでしっかり聴かせてくれるが、それがいっそう音楽の厚みを増し、大きなうねりを作り出す。すべての音のつながりに連動性があり、必然性があるのを強く感じる。なるほど、そういう風にこの音楽はできているのだと納得しながら、それが感動に結び付く。

 すべての楽章が素晴らしかったが、とりわけ第4楽章がよかった。洪水のような音のうねりがまったくわざとらしくなく重なり合っていく。最後の5分間くらい、魂が震えてきた。昨日の「英雄」もよかったが、それ以上。

 実は私は第7番はあまり好きではない。小学生のころ、初めてこの曲に触れたときから「わざとらしさ」「こけおどし」とでもいったものを感じてきた。もちろん、この曲の演奏を聴いて感動したことは何度もあるが、それでもやはり「わざとらしさ」「こけおどし」の印象を拭い去ることはできなかった。が、ウェルザー=メストとクリーヴランド管の演奏を聴くと、まったくそんなことはない。内側からの躍動を強く感じる。ウェルザー=メストは世界最高の大巨匠の一人であり、クリーヴランド管弦楽団は世界最高のオーケストラの一つであることを確信した。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランド管の「英雄」に圧倒された

 201862日、サントリーホールでフランツ・ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団によるベートーヴェン全交響曲演奏の第一日を聴いた。曲目は、最初に「プロメテウスの創造物」序曲、そして交響曲第1番と第3番「英雄」。素晴らしい演奏。

「プロメテウスの創造物」を聴いた時点で、まずオーケストラの精度の高さに改めて驚いた。私はドホナーニの時代にこのオーケストラを聴いて、緻密なアンサンブルとヨーロッパ的な音色に酔ったのだったが、やはり今回も同じような印象を持った。管楽器も弦楽器も本当に美しい。縦の線がぴたりと合い、薫り高い音が広がる。

1番はウェルザー=メストらしい緻密で知的な演奏。構成もしっかりして、力感もある。前半は、ややスケールの大きさに欠ける気がした。ニュアンス豊かなのは素晴らしいが、少々物足りないと感じていた。が、ウェルザー=メストは意識的にそのようなつくりにしていたようだ。第3楽章以降、徐々に盛り上げて、第4楽章は圧巻だった。

休憩時間にカメラマンが大勢押し掛けているのに気付いた。天皇・皇后ご夫妻が後半を聴きに来られた。

「英雄」は圧倒的名演だった。第1楽章から速めのテンポで音の構築物を築き上げていく。ほかの指揮者の演奏では、しばしばつぎはぎだらけの粗削りな部分が目立ってしまうこの曲なのだが、ウェルザー=メストの手にかかると、そのような感じがしない。隙間なく構築されているのを感じる。無理やり巨大にしようとしていないし、誇張もないのだが、スケールが大きい。

2楽章も素晴らしかった。音楽にまったく無理がないのだが、さらさら流れるのではなく、しっかりとベートーヴェンの世界が築かれていく。第3楽章もよかったし、第4楽章の盛り上がりも素晴らしかった。一つ一つの楽器の音が本当に美しい。それを指揮者が完璧に引き出している。

ウェルザー=メストの指揮は、これまで何度か聴いたことがある。素晴らしい指揮者だと思いながら、心の底から感動したことはなかった。が、今回は何度も感動に震えた。明日以降が楽しみだ。

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