数本のオペラ映像をみたので、簡単に感想を記す。
ヴェルディ 「椿姫」 1992年12月 ヴェネツィア、フェニーチェ大劇場
グルベローヴァの「椿姫」の映像をみたことがあるつもりだったが、これは知らなかった。「ユダヤの女」を改めてみて、シコフの凄さを痛感し、ネットで探しているうちにこの映像を見つけた。
ヴィオレッタを歌うグルベローヴァの凄さは言うまでもない。なんという美しい声! 高音の美声だけで心が震える!第一幕もさることながら、最終幕も素晴らしい。涙なしにはいられない。稀有な存在だったと改めて思う。
アルフレードのニール・シコフもグルベローヴァにまったく引けを取らない。声の伸びも素晴らしいし、やはり演技力には圧倒される。知的な人間でありながら、一本気で愛のための抑えのきかなくなった青年を見事に歌う。ジョルジョ・ジェルモンのジョルジョ・ザンカナーロもさすがの歌唱。
指揮はカルロ・リッツイ。演出はピエル・ルイジ・ピッツィ。現代の感覚からすると、ちょっとあか抜けない指揮と演出に思えるが、ともあれ、二人の主役の歌唱が圧倒的なので、ほかはどうでもよくなる。
モーツァルト 「ドン・ジョヴァンニ」 2021年12月 ウィーン国立歌劇場
フィリップ・ジョルダンの指揮なのに、どういうわけか序曲からまったくもって精彩を欠く。まるで、気の抜けたビールのような味わい。もっとシリアスでドラマティックな演奏を期待していたのだが、あまりに淡白。どうしたことだ!・・・何の情報もなく観始めて、そう思っていた。上演日付を見たら、2021年の演奏。もしかしたら、と思っていたが、最後のカーテンコールになって納得。コロナ禍のための客のいない上演だった! 確かにこれでは気合の入ろうはずがない。
バリー・コスキの演出は、コミックな要素を退け、シリアスに徹しているように見える。ずっと岩山のような、ごつごつした黒い岩肌の見える舞台で展開される。ドン・ジョヴァンニの心象世界を描いているのだろうか。ただ、このような背景にすると、特にレポレッロによるコミカルな部分が失われてしまう。それにしても歌手陣は大きく動き回る。そのせいだろう、細身の若い歌手たち!
歌手陣はレベルが高い。ただ、どの歌手も、観客がいないせいだろう、高揚していかない。みんなが冷めている。それがよくわかる。ただ、さすがというべきか、第二幕後半になって音楽が盛り上がってきた。ドン・ジョヴァンニの地獄落ちのあたりは震撼するほどだった。
ドンナ・アンナのハンナ=エリザベート・ミュラー、ドンナ・エルヴィラのケイト・リンジー、ツェルリーナのパトリツィア・ノルツアとても魅力的。マゼットのペーター・ケルナーも美声でしっかり歌う。騎士長のアイン・アンガーもさすが。ドン・ジョヴァンニのカイル・ケテルセンももちろん悪くないのだが、ドン・ジョヴァンニの悪の魅力を放つまでには至らない。レポレッロのフィリップ・スライはかなり弱い。それなりにコミックな動きをするが、ことごとくスベッているように思える。この殺伐とした舞台でコミカルさを出すのは、ベテランの大歌手でも難しい。客がいないので、なおのことだ。経験の少ない若い歌手にこのような役をやらせるのは酷だと思った。
それにしても、女性三人があまりに容姿面できれいなのに驚く。よく見ると男性たちもほとんどがかなりのイケメンではないか。歌唱面でも見事なので文句を言う筋合いはない、いや、それどころか実にありがたいことなのだが、オペラ歌手がこんなに美男美女ぞろいでいいんだろうか、という不思議な疑問に駆られてしまう。
ところで、この頃のソフトによくあることなのだが、字幕と歌がずれていたり、日本語の字幕の字体が日本では絶対に使わない形であったり、男言葉と女言葉が逆になっていたりといったことが起こっている。国際版のディスクには日本人スタッフが字幕作成にかかわっていないのだろうか。何とかならないものか。
モーツァルト 「コジ・ファン・トゥッテ」 2024年6月 ウィーン国立歌劇場
こちらは「ドン・ジョヴァンニ」とは違って、最初から張りのある気合の入った音! 躍動感があり、自然に音楽が流れる。オーケストラについては素晴らしい。
こちらも、演出はバリー・コスキ。最初は全員が現代の服装で登場。ドン・アルファンソが演出家、デスピーナが助手で、4人の歌手たちとともにオペラ(たぶん、「コシ・ファン・トゥッテ」!)を上演しようとしているという設定。確かにこのオペラは現代から見ると、変装が不自然だったり、コンプライアンス違反だったりするので、二重舞台にすることでそれを緩和できる。
しかも、このオペラはアルファンソとデスピーナ、フィオルディリージとドラベッラ、グリエルモとフェランド、フィオルディリージとグリエルモ、ドラベッラとフェランドなどがそれぞれ対称をなし、それが錯綜する劇なのだが、コスキの演出では、第二幕で二人の男性が女装してフェランドがフィオルディリージとそっくり、グリエルモがドラベッラとそっくりの服を着る。二人の女性はかなり大柄なので、遠目では見分けがつかなくなるほどだ。つまりは、もう一つ左右対称が明示されるわけだ。
最後、裏切りが発覚したあと、四人は怒り出して、ドン・アルファンソの演出する劇団から飛び出していく。その後、ドン・アルファンソはリンゴを食べる。つまりは、愚かだった四人は、知恵のあるドン・アルファンソによって人間の真実を知ってしまって、怒って出て行った…ということだろう。私としては、それほど大きな感銘は受けないが、なかなかおもしろいとは思う。
特に傑出した人はいないが、歌手陣は充実している。フィオルディリージのフェデリカ・ロンバルディ、ドラベッラのエミリー・ダンジェロ、グリエルモのペーター・ケルナー、フェランドのフィリペ・マニュ、ドン・アルフォンソのクリストファー・モルトマン、デスピーナのケイト・リンジーはそれぞれみごとに歌っている。
全体的にとても良い上演だと思った。ただ、これも「ドン・ジョヴァンニ」と同じように字幕に不備が多い。何とかならないか!
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