音楽

カルテット・アマービレ 若き弦楽四重奏団のベートーヴェンに感銘を受けた

 2019323日、王子ホールでカルテット・アマービレのコンサートを聴いた。曲目は前半にモーツァルトの弦楽四重奏曲第14番「春」とウェーベルンの弦楽四重奏のための5つの楽章作品5。後半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第8番「ラズモフスキー第2番」。「春」にまつわる曲を集めたとのこと。

 カルテット・アマービレは若い日本人演奏家たちによる弦楽四重奏団。2016年に結成され、アルゲリチとも共演して話題になっている。

 最初のモーツァルトを聴いた時点では、前半で帰ろうかと思った。くっきりとしてきれいなアンサンブルなのだが、ずっと一本調子。本人たちは楽しげに、のどかに演奏しているようだが、メリハリがなく、曲想の変化がない。聴いていて退屈だった。第4楽章になって少し活気が出てきたが、燃焼しないまま終わった。が、次のウェーベルンはかなり鮮烈な音。アンサンブルはいいし、音程は確かだし、くっきりとして強い音がびしりと決まる。後半も聴いてみようという気になった。

 そして、後半。初めの音からモーツァルトとは大違い。強い音で激しくベートーヴェンの精神を描き出す。アンサンブルがいいので、緊張感が緩まない。リズム感もよく、かなりダイナミック。音程がいいので、各楽器の重なりが見事に決まる。徐々に盛り上がって、第4楽章は圧巻だった。モーツァルトのような抒情的な音楽よりも、もっと切れの良い現代的な音楽に合うアンサンブルだと思った。

 アンコールはピアソラの「ブエノスアイレスの四季」より「春」。これも素晴らしかった。ピアソラ特有の躍動感があり、現代性があり、しなやかさがある。

 モーツァルトとウェーベルンとベートーヴェンとピアソラ。それぞれ個性の異なる作曲家を選んで、言ってみれば「私たちはこんなにどんな演奏でもできるんですよ」というような主張をする選曲。それよりも、私としてはベートーヴェンをじっくりと聴いてみたかった。いずれにせよ、とてもこれからが楽しみな団体だ。

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新国立「ウェルテル」 藤村実穂子の素晴らしいシャルロット!

 2019年3月21日、新国立劇場で「ウェルテル」をみた。この演出は数年前に見たので、これで二度目だが、今回は演奏が前回以上に素晴らしかった。ウェルテル役のサイミール・ピルグを除いて、歌手陣は全員が日本人だが、世界的レベルといってよいのではないか。
 やはりピルグとシャルロットを歌う藤村実穂子の二人が圧倒的に素晴らしい。最終幕の二人で歌う場面はまさに圧巻。
藤村さんの歌はこれまでクンドリやフリッカ、オクタヴィアン、そして第九のソロを聴いた記憶がある。私は何となくドイツものを歌う人だとばかり思っていた。が、フランス語のシャルロットを聴いて、ドイツもの以上に素晴らしいと思った。発音は完璧。声も通るし、清楚で美しいシャルロットを見事に歌う。藤村さんのフランス物をもっと見たくなった。
ピルグもよく通る美声。多感な青年と美しい人妻の心の揺れが見事に伝わる。ちょっとワーグナー的だが、フランス語なのでもっと洗練された響きになり、もっと内向的になる。
ほかの歌手陣もよかった。ソフィーは幸田浩子。美しい声でまさにチャーミング。ただ少女というよりも色気があって女っぽい。その点で少し違和感を持ったが、もちろんこんなソフィーもいい。アルベールは黒田博。しっかりと歌って見事。大法官の伊藤貴之もとてもしっかりした歌。まったく穴がなかった。
指揮はポール・ダニエル。初めて聴いたが、とてもいい指揮者だと思った。ドイツ音楽的、イタリア音楽的に盛り上げるのではなく、フランス音楽にふさわしいしなやかで抑制的な盛り上げ方。第一幕はあまりに抑制的で少々眠くなったが、私はこのような始まりのほうが好きだ。だんだんとドラマの世界に観客を入り込ませて、ドラマを作っていく。響きも美しいし、音そのものはとても芯が強い。東京交響楽団もとてもきれいな音だった。このような演奏で聴くと、マスネの良さがよくである。ワーグナーの亜流という感じがしない。この人の指揮で「ペレアスとメリザンド」などのフランスオペラを見てみたい。
ニコラ・ジョエルの演出はきわめて穏当。ゲーテの時代のヨーロッパの風景なのだろう。じわじわと二人の主人公にドラマを集中していく。
もっと書きたいが、これまでだましだまし使っていたパソコンがついに我慢できないほどいうことを聞かなくなった。あまりに重くなり、しばしは反応せず、しばしば開始するためのパスワードを打ち込む枠(専門用語で何というのか知らない)が出てこない。これでは恐ろしくて使っていられないので新しいものを購入。今のパソコンはかなり便利になったとはいえ、設定にやはりそれなりの時間がかかった。明日は朝7時ころに出かけなければならない。そんなわけで、ブログを書くのはこのくらいにする。

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立川市民オペラ「こうもり」 音楽面でも演技面でも素晴らしかった!

 2019年3月17日、立川RISURUホールで立川市民オペラ公演2019 オペレッタ「こうもり」をみた。素晴らしかった。とても楽しんだ。

 市民オペラを見くびってはいけないということはよく知っていたが、ここまで素晴らしいとは予想していなかった。先日、調布市民オペラ公演「アイーダ」を見て、演奏と演出のいずれものあまりの素晴らしさに圧倒されたのだったが、それに匹敵する。調布オペラのほうは、三浦安浩によるあっと驚く演出がなされていたのだったが、立川市民オペラの「こうもり」は、とてもこなれた喜劇として、おもしろく見せてくれた。セリフは日本語、歌はドイツ語。セリフは一般に上演されるものに付け加えたり、カットしたりしている。気の利いたアドリブが入る。これについても見事だと思った。

 音楽面でも極めて充実していた。指揮は古谷誠一、オーケストラはTAMA21交響楽団。アマチュア・オーケストラとのことだが、なかなかどうして! しっかりした音を出している。時々、歌手陣と合わないところがあったり、バランスを崩したりしたが、全体的にはまったく鑑賞の支障はなく、存分に楽しめた。指揮についても見事だと思った。しっかりとまとめているし、躍動感もある。

 歌手陣は全員がとてもよかった。私はとりわけ、ロザリンデの鳥海仁子とアデーレの佐々木麻子の歌唱に惹かれた。まったく異なる声質だが、ともに声に伸びがあり、音程がよく、そもそも声が美しい。オルロフスキー公爵の鳥木弥生ももちろん素晴らしかった。この不思議な役を見事に歌いこなして、観客を引き込んだ。

アイゼンシュタインの青栁素晴もフランクの大川博もしっかりした声で安定している。アルフレードの吉田連もキザな役を見事に歌っている。ファルケ博士の大槻聡之介はほんの少し声がかすれる場面があったような気がしたが、全体的にはとてもよかった。ブリントの持齋寛匡もしっかりした声。

そして、何よりも歌手陣全員の演技に驚嘆した。なぜ、この人たちはこれほど芝居がうまいんだ!?と思ったのだった。セリフ回しも動きも、そして軽妙な歌も本当に見事。全員が実に芸達者。本職の俳優さんたちにまったく劣らないと思う。演出の直井研二のセンスと指導力も素晴らしいのだろうが、それぞれの歌手たちの才能と努力も並外れたものがあると思った。

そして、演技力で言えば、フロッシュの松山いくおの名人芸にただただ驚くばかり。「こうもり」が大好きな私はこれまで坂上二郎や桂ざこばやイッセー尾形がこの役を演じるのをみたことがあるが、それ以上の面白さ、それ以上の演技力だと思う。イーダ役の今野恵理香もイーダはこんな女性なのだろうと思っている通りの見事な演技を披露してくれた。

そして、もう一つ特筆するべきは、立川市民オペラ合唱団。第二幕、パーティの場面で燕尾服にドレス姿の合唱団の人たちが現れる。かなりお年を召した人がおられるのだが、これがサマになっている! いや、それどころか声もしっかり出ているし、合唱団のすべての人がしっかりと演技をしている! 顔の表情だけでなく、手の動きまで、しっかりとオルロフスキー公爵の夜会の客になりきっている! 素晴らしいと思った。大変な努力が必要だったのではないか。

全体的に心の底から満足できる本当に楽しい舞台になっていた。笑える場面もたくさんあり、満員の観客もかなり湧いていた。市民オペラとして大成功だと思う。私がこれまでみた日本の団体による「こうもり」の中ではもっと感銘を受けた(ウィーン国立歌劇場やウィーン・フォルクスオパーの公演もみたが、それらはちょっと別格だった)。関係者の苦労は並大抵ではなかったに違いない。昨日と今日は苦労が報われた思いをしたことだろう。

 40年近く前のこと、私が薦めたため、今は亡き友人が初めて日本の団体による「こうもり」の公演(二期会だったと思う。私はこの時の公演を見ていない)を見に出かけたことがあった。あとで感想を聞いたら、がっかりしたとのことだった。その友人が言うには、「日本人がこんなオペレッタを上演しても、しゃれた感じが出せなくて、まったく面白くなかった。日本人にはこんなオペレッタはムリ」とのことだった。私も同じような感想を抱いたことがあった。

それから40年。市民オペラがこのように楽しくて、おしゃれで気の利いた「こうもり」を上演できるようになった。日本のオペラ界の成熟を感じる。それにしても、若手オペラ歌手たちが力をつけているのは本当に頼もしい。そして、あちこちの市民オペラがレベルの高い上演をしているのは本当にうれしい。

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ハーディング+マーラー・チェンバーのモーツァルト 魂が震えた!

 2019314日、東京オペラシティコンサートホールで、ダニエル・ハーディング指揮、マーラー・チェンバー・オーケストラの演奏を聴いた。曲目はモーツァルトの交響曲第39番、40番、41番「ジュピター」。素晴らしかった! 興奮した。魂が震えた。

 まずオーケストラが素晴らしい。なんと豊かで繊細な音だろう。あまりヴィブラートをかけないピリオド楽器風の奏法。それがきびきびして、本質を描くかのように美しい。そして、弦楽器もさることながら、管楽器に驚嘆。とりわけ、クラリネットとファゴットの美しさに聞き惚れた。アンサンブルも美しく、ハーディングの指揮にぴたりとついて見事。金管楽器もいい。

 そして、ハーディングの指揮ぶりにも驚嘆。ちょっとベートーヴェン的なモーツァルトといえるかもしれない。一気呵成というのではなく、遅めのテンポで一つ一つのフレーズの意味を明確にしながらドラマティックに音楽を構築していく。だが、それぞれの音楽の表情に説得力があるので、少しも不自然ではない。第39番のスケールの大きな演奏に驚いたのだったが、そのまま手を休めずに、第40番に入った。

40番が一番良かった。壮絶といえるような第1楽章だった。哀しみをたたきつける。ドラマティックに心をえぐる。だが、ここでもまったく無駄がなく論理的に音楽が進んでいくので、誇張を感じない。

4楽章にいたっては、まるでベートーヴェンの「運命が扉をたたく」という言葉を思い出した。ただし、ベートーヴェンと違って、「タタタ・ター」ではなく「ドン・ドン」と戸をたたく。それを強烈に響き渡った。壮絶な第4楽章だった。

「ジュピター」もよかった。第39番、40番と同じようにフレーズの表情を克明に描いて構築していく。あれこれいじっているといえばいじっているのだが、むしろ「なるほど、モーツァルトはこのようにこの曲を書いているのか!」と思わせるだけの説得力がある。そして、第4楽章に入って爆発。音の饗宴になり、音楽の世界が宇宙に広まっていく。

 私はモーツァルト・マニアではないので、それほどたくさんのモーツァルトの交響曲の実演を聴いたわけではない。実演は40番でもせいぜい20回くらいしか聴いていないと思う。だから、大きなことは言えないが、今回の演奏は私がこれまで聴いたこの曲の演奏で圧倒的に最高の出来栄えだった。第40番ではとりわけ魂が震えた。第1楽章では涙が出てきた。

 ハーディングは間違いなく世界の巨匠だと思った。

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川久保賜紀&小菅優のブラームス 第3番のソナタに感動

 2019311日、紀尾井ホールで川久保賜紀&小菅優ブラームス ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会を聴いた。

 前半のソナタの第1番と第2番については私は少し不満だった。小菅優のピアノは音の粒立ちも見事、潤いがあり、しなやかさがあり、躍動感があってしっかりとヴァイオリンを支えていた。ヴァイオリンももちろん悪くないと思った。が、美しい響きを聴かせてくれるわけでもなく、ダイナミックな世界を繰り広げるでもなく、抒情を醸し出すわけでもなく、私には何をしようとしているのかよくわからなかった。注目の二人の演奏にしては少々地味だと思ったのだった。

 が、後半の第3番はとてもよかった。第1楽章の出だしから、前半と異なってダイナミックでスケールの大きな演奏になった。川久保は自己主張の強い芯の強い音によってブラームスの心の中をえぐろうとし、小菅はしなやかに、そしてダイナミックにそれを支える。二人の音楽性はかなり異なると思うが、それがぴたりと合って、ブラームスの世界を作り出していった。川久保のヴァイオリンは高揚していくが、小菅のピアノとともにヒステリックにならず、構成感もしっかりしている。第4楽章は素晴らしかった。やはり、第3番は曲自体が素晴らしいということも言えるのだろうが、とてもよい演奏だと思った。

 アンコールはシューマンのロマンス第2番と、FAEソナタのブラームスの作曲になる第3楽章スケルツォ。ただ、私はこの2曲の演奏にあまり感動できなかった。また前半と同じような不満を感じた。第3番のソナタのような深い世界は現れず、中途半端に思えたのだった。スケルツォについてはもっと躍動してほしいと思ったのだった。

 もちろん悪い演奏ではない。が、私はもっともっと感動することを期待していた。ちょっとだけ期待外れの気持ちを抱いて三日月の下を歩いて帰った。

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新国立劇場オペラ研修所修了公演「ドン・ジョヴァンニ」 今年も楽しんだ

 2019310日、新国立劇場中劇場で、新国立劇場オペラ研修所修了公演「ドン・ジョヴァンニ」をみた。

 私は数年前から研修所公演を毎年楽しみにしている。未来のスターたちを見るチャンスだというだけでなく、とても高レベルのオペラを見せてくれるのがうれしい。今回も十分に楽しませてもらった。

 まず、河原忠之の指揮による新国立アカデミーアンサンブルが安定している。新人歌手たちをリードするという大事な役割を果たしながら音楽性を発揮するというとても難しい役割を見事に果たしているのが、私のような素人にもよくわかった。第一幕はかなりぎこちなかったが、第二幕になってからは音楽が自由になり、徐々にドラマが高まった。後半、素晴らしいところがたびたびあった。粟國淳の演出はきわめてオーソドックスで手慣れた感じ。新人たちの講演ではそれがもっとも大事なことだ。

歌手陣の中で私がもっとも心惹かれたのはドンナ・アンナを歌った平野柚香だった。音程の良いきれいな声で、第二幕のアリアはとてもドラマティックだった。ドンナ・エルヴィーラの十合翔子も最初のうちこそ硬かったが、徐々に調子を上げて、第二幕のアリアはとてもよかった。ツェルリーナの斉藤真歩は、魅力的な動きをしていたが、音程の不安定さを感じた。

 男声陣についていえば、ドン・ジョヴァンニの高橋正尚は気品ある声なのだが、この役を歌うにはもっと余裕がほしいと思った。いかにも必死の感じでぎこちなさが最後まで消えなかった。レポレッロの伊良波良真ももう少し余裕がほしいと思った。余裕がないと、笑いが生まれないし、声の美しさも聞こえてこない。マゼットを歌う井上大聞は純朴な感じが出ていてとても好感を持った。ドン・オッターヴィオの水野優は音程が不安定で、かなり苦しい歌いっぷりに思えた。騎士長の松中哲平はとても見事な歌。さすがだと思った。

 ただやはりモーツァルトはむずかしい。ちょっとしたことで音楽の流れが悪くなってしまう。しかも、特にモーツァルト・マニアというわけではない私も、「ドン・ジョヴァンニ」は実演、録画、録音を含めると、きっと100回くらいは聴いている。どうしても、これまでの名演と比べてしまう。新人たちの歌に、しばしば音楽の停滞を感じたのも事実だった。

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アンコーラ公演 SFファンタジーの「ホフマン物語」

 2019227日、新宿区角筈区民ホールでANCORA第6回公演「ファンタジック・ホラー ホフマン物語」をみた。

 ANCORAというのは演出家の三浦安浩さん(音読みするとアンコウさん)の主催するオペラ団体。実力派の歌手がそろっている。

 セリフは日本語、歌は原語。現代に合わせえて原作を多少カットしたり、別のセリフを加えたりして現代にオペラをよみがえらせようという試み。大胆に新しい要素を加えているが、そこには原典を尊ぶ精神が一貫しているので、決してまがい物にはならない。そこが三浦安浩演出の凄みだと思う。

 今回は、「ホフマン物語」を2029年を舞台にしたSFファンタジーに仕立てている。考えてみれば、オランピアはまさにロボット。この物語はAI時代にふさわしい。オペラは映画「アイロボット」や「バイオハザード」のように展開する。2029年にはAIが広まり、核戦争が起こり、人間の住めない時代になっている。人間がゾンビではなく、AIにされてしまう(?)時代になっている。ホフマンは3つの愛によって、本当の愛を知り、最後にはミューズと心を交わしあい、そうすることによって暗い未来を吹き飛ばす。きっとそのようなメッセージが込められているのだろう。

 三浦演出にはわからないところはたくさんある。三浦さんが遠慮なしに自分の演出を押し通しているアンコーラ公演ではその傾向が強い。好き勝手をやって、猥雑になり、映画のパロディのようなものも出てきて、まさにごった煮。だが、三浦マジックでそこに一本の理念が貫かれている。そのため、なんだかよくわからないし、細かいところでは矛盾するところも多いし、そもそも何をしているのかわからない箇所はたくさんあるが、ともあれ終わってみると素晴らしいと感じる。今回もそう思った。そして、確かにこれこそがE...ホフマンの魅力であり、そもそもなんだかわけのわからないオッフェンバックの「ホフマン物語」の魅力でもあると思った。

 歌手陣のレベルの高さには驚いた。とりわけ私はニクラウス(ミューズ)を歌った鮎澤由香理とオランピアの藤井冴にとりわけ感銘を受けた。二人ともとても美しい声。フランス語の発音も明確で声に伸びがあって素晴らしい。

 リンドルフなどを歌った山田大智もしっかりした声で実に見事。ルーテルやクレスペルを歌った香月健もしっかりした声で、とても魅力的だった。

 アントニアの神田さやかはとても丁寧な歌だが、ちょっと平板な気がした。そのような役として捉えているのかもしれないが、もっとダイナミックな歌い方のほうが私は好みだ。ジュリエッタの斉藤紀子はとても迫力ある歌が魅力だが、私にはちょっと迫力がありすぎるように思った。もちろん、そのような役として捉えているのだと思うが、私としては、そんなに気合を入れて歌わなくてもよかろうにと思ってしまうのだった。

 ホフマンの上本訓久はとても魅力的な声で、声楽的にはとびぬけていると思ったが、私にはまったくフランス語に聞えなかった。30年前には少しフランス語をしゃべっていたので、フランス語は多少は聞き取れるし、単語の断片は理解できるが、上本さんの歌は別の言語としか思えなかった。ほかの何人かにも同じような傾向を感じた。私はフランス語のオペラや歌曲を聴くごとに、日本人にとってのこの言語の発音の難しさを感じざるをえない。声楽の場合、まず発音を大事にしてほしいと切に思う。

 フランス語の発音という点では実は不満を抱いたのだったが、全体的に素晴らしい上演だった。このような上演を4つの別のキャストの組み合わせによって4回行われるという。それもまたすごいことだ。ほかのキャストの公演も見たいところだが、残念ながら予定が入っている!

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フィルハルモニア多摩のオペラ「幽霊屋敷」 見事な演奏!

2019224日、立川のたましんRISURUホール大ホールてスタニスワフ・モニューシュコ作曲のオペラ「幽霊屋敷」(日本初演・演奏会形式)を聴いた。

 

 もちろん私は初めてこのオペラを聴いた。その存在も知らなかった。作曲者名も知らなかった。かつて今村能指揮によりフィルハルモニア多摩の演奏するフランス音楽を聴いて驚嘆、その後、何度か多摩大学の私のゼミが主催するコンサートにこのオーケストラの方々の演奏をお願いしたことがある。指揮者の今村能さんがポーランド音楽を精力的に紹介なさっていることはよく知っていたが、これまでなかなか時間が合わなくて、聴く機会がなかった。今回、こんな珍しいオペラを上演されるとあっては、何が何でも聞きたいと思ったのだった。なお、多摩フィルハルモニア協会と東京室内歌劇場の主催による演奏で、日本・ポーランド国交樹立100周年記念とのこと。

 

 モニューシュコはワーグナーと同じ時代を生きた作曲家で、ポーランドではこのオペラはとても人気があるという。スメタナのオペラをもう少し古典的にした感じ。とてもおもしろいオペラだと思った。ストーリーもわかりやすいし、話の展開に説得力がある。初めて聴いてもまったく退屈しないし、とてもきれいな旋律がしばしば出てくる。オーケストレーションもしっかりしている。第四幕の合唱など、大きく盛り上がって素晴らしかった。

 

 演奏もかなり高レベルだと思った。とりわけ、ハンナを歌う津山恵さんがやはり声の伸びもコントロールも素晴らしかった。そのほか、ステファンの園山正孝とダマズィの西岡慎介に私は強く惹かれた。そのほかの歌手たちもとてもしっかりと歌った。

 

フィルハルモニア多摩も大健闘。ところどころで心細い音になることはあったが、全体的にはしっかりした音でオペラを盛り上げた。オーケストラの力は管楽器に歴然と現れるが、木管、金管ともにとてもきれいな音を出して、一流の都内のオケに引けを取らないと思った。コンサート・ミストレスのソロヴァイオリンも見事だった。

 

 そして、日本におけるポーランド音楽の第一人者であるマエストロ今村の的確な指揮ぶりも特筆に値すると思う。この大曲を最後まで緊張感を持って演奏。演奏会形式でありながら、しっかりとオペラの世界を作り上げていた。いや、そもそもこのオペラを取り上げて演奏してくれたこと自体、その功績に圧倒される。

 

 ただ私が不満に思ったのは、ポーランド人と思しき人々のマナーだった。78人のポーランド人招待客らしい人が中央の席に並んでいたが、おしゃべりをしたり、演奏中にスマホで動画を撮ったり、スマホでメールを確認したり、スマホで何かを書いたり、第二幕ではコーヒーを飲みながら聴いていたし、シャッター音を立てて写真を撮っていた。じっくりと聴いている様子はまったく見られなかった。子どもも二人いて絵を描いたり、お菓子を食べたりしていたが、それはやむを得ないとしても、それと大差のないことを大人たちがするのにはあきれてしまった。せっかくポーランドの音楽が演奏されているのに、このような態度をとるなんて! これがポーランドの文化のレベルなのだろうか。とても残念だった。私は第二幕まで、ポーランド人たちのすぐ後ろで聴いていたが、いらいらするので、第三幕から別の席に移って聴いた。

 

 ともあれ、このような珍しいオペラを見事な演奏で聴けたことにとても満足した。

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二期会「金閣寺」 演奏は素晴らしかったが、台本に無理があると思った

 2019223日、東京二期会オペラ劇場「金閣寺」をみた。

 三島由紀夫はもっとも好きな作家の一人であり、「金閣寺」はとりわけ最高傑作だと思っている。ひところ黛敏郎の「涅槃交響曲」や「曼荼羅交響曲」を夢中になって聴いていた。だから、その昔、オペラ「金閣寺」が作曲されてからずっと関心は持っていた。が、CDはもちろん聴いたものの、実際の上演については、時間が合わなかったり、忙しかったりで、これまでみる機会がなかった。今回、初めてみた。しかも、指揮は有望な若手だというマキシム・パスカル、演出は宮本亜門。悪かろうはずがないと思って出かけたのだった。だが、残念ながら、思っていたほどの感動はしなかった。

 台本はクラウス・ヘンネベルク。原作そのものがきわめて複雑な思想を語るものなので、やはりこれをオペラ台本にするのは難しい。そもそも溝口は吃音によって社会との関係を遮断された状況にある。オペラ台本では、やむを得ずそれを手の障害に置き換えているが、やはりそれでは溝口のもどかしさ、社会との距離感は伝わらない。そのほか、鶴川や柏木の位置づけもこの台本では曖昧なままだ。そうなると、金閣寺というものの意味もしっかり伝わらない。少なくとも私は溝口の苦悩を追体験できず、その痛みも金閣寺への愛憎も自分のこととして感じることができなかった。せっかく黛特有の魂をえぐる音が聞こえているのに、そして、歌手たちがそれを見事に演じているのに、私にはそれが伝わらない。

 そして、同時に、黛敏郎は決してオペラ作曲家ではなかったことがあちこちに感じられた。手慣れなさのようなものを感じる。宮本亜門の演出は、黙役のヤング溝口をうまく使っていたが、やはりそれでも、そうした作品そのものの不足を補うには至っていないと思った。

 演奏はすべてとても良かった。溝口の与那城敬は見事な歌。鶴川の高田智士、柏木の山本耕平、道詮和尚の畠山茂、母の林正子、有為子の嘉目真木子も演技、歌ともにとてもよかった。マキシム・パスカルの指揮も東京交響楽団も文句なし。

 数日のうちに「紫苑物語」と「金閣寺」の2本の名作小説に基づく日本人作曲家の手になる現代オペラをみたが、私は「紫苑物語」のほうに大きな感銘を受けたのだった。が、ともあれ、このようなレベルの高い2本がみられたことは、実に嬉しい。

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三宅理恵ソプラノ・リサイタル 5拍子揃った名歌手!

 2019222日、紀尾井ホールで三宅理恵ソプラノ・リサイタルを聴いた。素晴らしかった。感動した。

 2010年、多摩大学の私のゼミが主催してHAKUJU HALLでコンサートを開いた時、新居由佳梨さん、江島有希子さんとともに三宅理恵さんにも演奏していただいた。まだ若手だった三宅さんは快く私たちの依頼に応じてシューベルトの「鱒」「魔王」「糸をつむぐグレートヒェン」やジブリの歌を歌ってくださったのだった。素晴らしい歌だった。そして、今回、初めてのリサイタルを聴いて、今や押しも押されもしない日本最高のソプラノの一人になっておられたのを改めて感じた!

 最初はパーセルの「妖精の女王」の「聴け、大気はこだまして」。音程の正確な本当に美しい透明な声。ヴィブラートが少なく、自然で清澄。しかも、完璧に声をコントロールして、歌のニュアンスも素晴らしい。時にホール全体に声を響かせる。モーツァルトの「すみれ」でも、清澄でニュアンス豊かな歌唱を聞かせ、ヴォルフの「澄まし娘」や「心変わりした娘」では、もっと軽妙で、もっと深い心の内を聴かせてくれた。そして、ドビュッシーやシャミナードの歌曲では、美しいフランス語の響きが見事。三宅さんが言葉を大事にしていることがとてもよくわかる。聞き取りやすいフランス語。言葉こそが歌曲のエッセンスだということがとても納得できる。もう少しアクが強くていいと思うが、クセのないきれいな声が三宅さんの最高の持ち味だと思う。

 後半には現代曲が中心になった。前半では、軽めの声の、いわばスーブレット風の声で軽快に聴かせてくれたのだが、後半になると、もっと奥深い世界が展開される。藤倉大の「世界にあてた私の手紙 (ソプラノ版 世界初演)では、様々な表現の実験をしている感じ。ハンドリーとプレヴィンとゴードンの3人の作曲家がエミリー・ディキンソンの詩「朝は本当にあるの?」につけた歌も、それぞれの作曲家の個性を描き分けて、とてもおもしろかった。知的で繊細で清潔。

 プログラムの作り方も見事。三宅さんの様々な魅力を聴かせてもらえた。しかも、だんだんと表現の幅が広がり、清澄な声から徐々に、もう少し屈折した音楽になっていく。その展開の仕方も見事。

そして、最後はグノーの「ロメオとジュリエット」の「ああ、なんという戦慄が」。アンコールには同じ「ロメオとジュリエット」の第一幕のアリア。これまでの歌曲的なアプローチと違って、オペラとしてのドラマティックな三宅さんを聴かせてくれた。このような音のドラマの作り方も見事。何度か心が震えた。

ピアノは川島基。突然の変更だったようだ。タッチの美しい、とても感じのよいピアノ伴奏だった。シャミナードの歌曲には永井由比さんのフルートが入ったが、それもとてもきれいだった。

これから、もっともっと歌曲のリサイタルをしてほしい。これほど美しい声と正確な音程といくつもの言語を美しく歌い分ける知性と様々なニュアンスを歌い分ける表現力と、そしてこれほどチャーミングな容姿を持ち合わせる歌手は世界にもほとんどいない。まさに五拍子揃った名歌手だと思った。

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