アントニオーニの映画「敗者たち」
テレビで石川・富山の大雨、そしてチベット、ネパールの土石流が盛んに報道されている。チベット、ネパールの土石流はあまりに痛ましい。東日本大震災の津波被害を思い出す。日本人を含めて行方不明者も多い。多くの人の無事を祈りたい。
そんななか、渋谷のイメージフォーラムでアントニオーニ特集が組まれていることを知った。まだ観ていない!と思って、あわてて初期の作品「敗者たち」(1953年)をみにいった。始まってすぐに、数年前にDVDを購入して観たことを思い出した。帰宅して、自分のPC内を検索してやっとかつて書いた感想(その時は、「敗北者たち」というタイトルを用いている)を見つけ出した。読んでみて、当たり前かもしれないが、今日抱いたのとそっくり同じ感想を記していたのに気付いた!
フランス、イタリア、イギリスを舞台にした3つの中篇から成るオムニバス映画だ。フランス篇は、仲間たちで郊外の公園に遊びに行って平気で友達を殺す高校生たち、イタリア篇は、豊かな家庭で育ったのに犯罪に手を染めて、つい人を殺してしまい、自分も高所から転落して死んでしまう若者、イギリス篇は、自分で女性を殺しながら目立ちたいために新聞社に記事を売り込む自称詩人を描く。いずれも欲望や見栄のために自分に敗れた人たち!
私は、60年近く前からアントニオーニの映画を愛してきた。パゾリーニ、ワイダとともに大好きな映画監督だ。「太陽はひとりぼっち」「情事」「欲望」「赤い砂漠」「夜」「女ともだち」「さすらい」は心が震えるほど感動した。
今日みた「敗者たち」では、フランス篇、イギリス篇もいいが、やはりイタリア篇に私は心惹かれた。犯罪に手を染めて彷徨する青年の空虚感、寂寞感は、後年のアントニオーニ作品に通じる。何を信じればいいのかわからない、確固とした存在感を得られない、ただすべてが白々とした、不確定で中身のないものに思える・・・そんな心象風景をアントニオーニは見事に再現している。これは1953年に作られた映画だが、1951年生まれの私は、そっくり同じような感覚を、アントニオーニの映画を感動してみていた1970年代も、そして、75歳を過ぎた今も抱き続けている。アントニオーニ映画をみると、しばしば思う。「ああ、ここに描かれているのは俺の心だ!」と。そして、きっと私以外の多くの人も同じように思って、彼の映画をみているのだろう。
今回、イギリス篇でアイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」が、様々な形に変奏されながら、繰り返し流されていることに気づいた。この歌の歌詞は、戦地に赴く若者を思って母親の心を描いている。が、いずれにせよ、故郷を思わせる歌なのだろう。きっと、心の故郷を忘れて虚栄心の中にさまよう犯罪者に欠けている精神をこの音楽は語っているのだろう。
DVDで観たことのある映画だった。改めて劇場で観られてとてもよかった。

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